増したら危険、混ぜるな危険
「あの。最近、隣に座ることが多くありませんか? お話なら、別に隣でなくても」
「そうですね。でも、エルナさんの近くにいたいので」
にこりと微笑まれれば、柘榴石の瞳の輝きに勝てるはずもない。
「そ、そうですか」
あまりにも眩いその笑みに、エルナはそっと体を横にずらす。
「どうして離れるのですか?」
「いえ。心の安全を保とうと」
正直に答えると、グラナートは困ったように笑う。
もちろん、その笑みも眩い。
「僕を危険物みたいに言わないでください」
グラナートは冗談だと思っているのかもしれないが、その麗しさは危険物と言ってもいい。
舞踏会で悲鳴やら歓声をあげている女性達の気持ちも、わかるというものだ。
「もうすぐ、結婚式ですね」
「はい」
「夫婦になりますね」
「……はい」
「好きですよ」
「は……はい⁉」
驚いて横を見れば、いつの間にか距離が詰められている。
「こうしてあなたが僕の隣で笑ってくれる。この幸せが伝わるでしょうか」
グラナートの手がエルナのそれに重ねられ、ぎゅっと握りしめられる。
何度も手を繋いでいるのに、触れられるとやはり恥ずかしい。
うなずいて答えると、グラナートは更に両手でエルナの手を包み込んだ。
「本当に?」
「は、はい。その……殿下と一緒だと、ドキドキします」
「そうですか」
至近距離での微笑みの爆撃を食らったエルナは、ただうなずくことしかできない。
「それでは、もう少し練習しておきましょうか」
そう言うなり、グラナートはエルナの手に唇を落とした。
「ひゃあっ⁉」
びっくりしたし恥ずかしいが、ここで手を振りほどくのもおかしい気がして、とにかくじっと耐える。
だが体は正直なもので、頬がどんどん熱を持つのは止められない。
「その顔もいいですね」
「へ⁉」
予想外の言葉に、エルナの声が上擦った。
「頬を染めて、水宝玉の瞳も潤んで……可愛いです」
グラナートの手がエルナの頬を撫でる。
その笑みも、美しい声も、手の動きも、すべてが限界だ。
どうにかグラナートの手を押しのけると、エルナは深く俯いて頭を抱えた。
「……無理、無理です。大体、色気が増していませんか? どんどん増していませんか? 成長期? 色気の成長期なのですか?」
「エルナさん?」
「もともと麗しいのに、色気を増すのは反則です」
「エルナさん」
「火に油、美貌に色気! 増したら危険! 混ぜるな危険!」
「――エ・ル・ナさん!」
グラナートの手で頬を挟まれて顔を上げさせられると、そこには輝く柘榴石の瞳とそれに負けない整った顔があった。
「大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫じゃないです」
「駄目じゃありませんか。……僕に触れられるのは、嫌ですか?」
少し悲しそうに目を伏せ、グラナートが手を放す。
その表情に心臓を抉られそうになったエルナは、慌てて首を振った。
「そういうわけでは。ただ、その……殿下の顔面の力が強すぎて、私がもたないのです」
「顔面の、力」
何やらショックを受けた様子だが、王太子に向かって顔面の力などと正直に言う人もいないのだろう。
「……僕の顔が嫌、ということですか?」
「まさか。逆です。あまりにも綺麗で、軽く心臓が爆発しそうです」
「それは、いいのでしょうか」
まだショックが抜けきっていないのか、グラナートの声が少し弱い。
「私が勝手に反応しているだけですので、お気になさらず。抵抗力といいますか……そういうものに慣れていなくて」
「男性に慣れていない、ということですか?」
小さく首を傾げるグラナートが危険なので、少しだけ視線を逸らしながらうなずく。
「はい。今まで一緒にいる男性となると兄と、後は領地の……でも、こんな風に近くにずっといて、触れられたことはなくて。その、どうしたらいいのか」
「なるほど。僕が少し性急でしたね。エルナさんに無理をさせたいわけではありません」
「すみません」
謝罪しつつ、わかってくれたことに安堵する。
これならばスキンシップを少し控えてくれるだろう。
「いいえ。それに、慣れていないというのは嬉しいことでもありますし。……過去のこととはいえ、エルナさんに親しく触れている男性がいたら、嫉妬してしまいそうです」
「ええ?」
そんな人はいないので心配はいらないが、そういう言い方をされると何だか恥ずかしい。
「エルナさんは、僕の過去が気になりますか? ちなみに、テオは気にしていました」
そうか。
アデリナは長年グラナートの婚約者候補筆頭だったので、テオドールとしては無視できなかったのだろう。
「まったく気にならないと言ったら、嘘になりますけれど。でも殿下は今、私を大切にしてくださっていますから。それで幸せです」
グラナートは数回瞳を瞬かせると、深いため息をつく。
どうしたのだろうと声をかける間もなく、エルナを抱き寄せた。
突然のことに、エルナは悲鳴を上げる暇もない。
「嫉妬してくれたら嬉しいな、と思ったのです。でも、それ以上に嬉しいことを言われました。……少しだけでもいいので、このままでいてくれますか?」
「う……は、はい」
直接顔は見えないので、いける気もしないでもない。
ふわりと鼻をかすめるいい香りも、意外と筋肉質なのがわかる胸板も、耳元に降り注ぐ美しい声も――いけるはずもなかった。
見事に固まったエルナに気付いたらしく、頭上から笑い声が聞こえる。
「大好きですよ、エルナさん」
「は、はい」
反射的に返事をすると、それに合わせるように腕に力がこめられ、更に強く抱きしめられる。
何もかも攻撃力が高すぎてドキドキしっ放しなのに、何故か落ち着くのが不思議だ。
ちらりと顔を上げれば柘榴石の瞳と目が合って微笑まれ、慌てて俯く。
抱きしめられた状態で俯くということは、胸に顔を埋めることと同義なのだが、今は微笑みの威力を回避するのが優先だ。
それにしても、あの眩い笑顔に慣れる日は来るのだろうか。
エルナは幸せでドキドキしながらも落ち着いて心配という情緒の大混乱に、ただじっとするしかなかった。
※活動報告で今後のご連絡をしています。
「虐げられた苺姫は聖女のループに苺で抗う 〜たぶん悪役令嬢の私、超塩対応の婚約者に溺愛されてる場合じゃない〜」のイケオジ護衛騎士番外編完結。
そして魔法のiらんどでも連載中!
「未プレイ」「苺姫」ランク入りに感謝!
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