公爵家がよりどりみどりです
「姉上、訪問の予定はありませんでしたよね。何かありましたか?」
姿を見せたグラナートはエルナを見て微笑むと、そのまま向かいのソファーに腰を下ろした。
少し遅れてテオドールも入室し、グラナートの後ろに立つ。
「いいえ。エルナさんに助けていただいたのです」
ペルレがことの経緯を説明している間に、グラナートのぶんの紅茶が用意される。
本当に女官達は仕事が早い。
二人が気にしていないところからして、ここに出入りできる女官には話を聞かれても問題ないのだろう。
「デニスと言えば、新しいロンメル伯爵ですね」
「ええ。失脚したロンメル伯爵の御令息ですわ」
グラナートが紅茶に口をつけるが、こちらも当然のように所作が美しく、見ているだけで幸せだ。
「あの一件で、ロンメルはザクレスと共に影響力がかなり落ちました。ザクレスの方は兄上と姉上が継いで立て直しているのでまだ大丈夫ですが、新伯爵はあまりいい噂を聞きませんね」
「もともと身分に胡坐をかいていた馬鹿息子ですもの。父親の失脚の意味も、自身が爵位を継ぐことができた温情も理解していないのでしょう」
ペルレの言葉が辛辣なのは、嫌な目に遭ったからなのかもしれない。
だが麗しの貴婦人が馬鹿息子などと言うのは……悪くない。
エルナの中の美女コレクションに新たな扉が開きそうだ。
「姉上を取り込んで、力を得るつもりでしょうか」
「もともと先代のザクレス公爵とロンメル伯爵が親しかったからといって、わたくしが好意を持つのが当然という態度は不愉快ですわ。正直、利益も魅力もありません。おととい来やがれですわ。自分を選ばないと後悔するなんて、どこからあの自信が生まれるのでしょう」
ペルレは吐き捨てるように言うと焼き菓子を口に放り込み、同時にエルナの美女コレクションに「おととい来やがれ」が追加された。
焼き菓子を食べるペルレを見て満足なエルナとは対照的に、グラナートは何やら考え込んでいる。
「ロンメル伯爵には気を付けておいてください」
「何か、ありますの?」
「魔鉱石爆弾がもしも国内に入っているのなら、過去に縁があったところに行く可能性が高いです。念のため姉上もあまり近付かないでください」
「もちろんです。けれど、既に邸は調べたのでしょう?」
首を傾げる美女も麗しく、紅茶が何倍も美味しく感じるので幸せだ。
「たいした大きさではないので、故意に隠されるとなかなか難しそうですから」
既に邸を調べたと言うからには、もちろん邸の主であるロンメル伯爵にもその意図はわかっているはず。
もしもその上で隠しているのだとしたら、王家に対しての裏切り行為。
王女であるペルレも、身辺に気を付けた方がいいということか。
「わかりましたわ」
「帰るのならば、馬車までテオを付けます。まだロンメル伯爵がいるかもしれません。それにエルナさんがいるので僕は大丈夫です」
確か、グラナートは魔力に恵まれている王家の中でも、ずば抜けた魔力を持っているのだったか。
実際に炎の魔法は凄かったし、恐らくは強いのだろう。
幼少期から命を狙われていた結果、普通の王太子よりも武力が身についたというのは、不幸中の幸いなのかもしれない。
そんなグラナートが防御しきれないのが呪いの魔法であり、その為の護衛が聖なる魔力を持つテオドールだ。
エルナも聖なる魔力持ちではあるが、自分の意思で使えると言うのには程遠い状態だが……大丈夫なのだろうか。
「では、馬車までお願いしますわね」
立ち上がったペルレに引き続き、テオドールが一緒に退室する。
二人の姿が扉の向こうに消えると、グラナートが小さく息をついた。
「姉上を助けて貰ったようですね。ありがとうございます」
「いえ、たいしたことは」
エルナが助けたと言うよりは、ペルレが自力で逃げてきたと言った方が正しい気がする。
「……リリーさんは、どうですか?」
その質問をするからには、エルナが何故王宮に来たのかもわかっているのだろう。
「困っていました」
「でしょうね。ヴィルも悩んでいましたよ。あんな風に言って、嫌われただろうかと」
その様子がありありと想像できて、苦笑してしまう。
「極端ですよね、ヴィル殿下は」
もっと事前に根回しをすればいいのに、真正面から馬鹿正直に事情を伝えるとは。
だが、思い返してみればエルナにプロポーズした時も包み隠さず国の事情を伝えていた。
結果、大変に失礼なプロポーズだったので、作戦としては失敗ではないかと思う。
それでも、嘘をついて搦め手で誤魔化そうとしないまっすぐなところは、嫌いではなかった。
「婚約解消していなかったのには驚きましたが、正式な婚約者であれば攫って行くことも可能です。それをせずにああして決断を迫ったのは、ヴィルなりにリリーさんの気持ちを尊重したのでしょうが。……僕は、もう少し話し合った方がいいと思います」
「私も、そう思います」
リリーはヴィルヘルムスに好意がある。
それでも二人の間を隔てるものは多く、簡単に決断などできない。
まずはリリーの気持ちを聞き、寄り添ってもらいたいが……その時間をとれなくなったから焦っているというのもあるのだろう。
「リリーさんがその気ならば、僕もできるだけの力を貸すつもりです。方法はいくつかありますから」
「アデリナ様にも、ペルレ様にも言われました。公爵家がよりどりみどりで豪華ですね」
「身分差がある男性のところに行くという決断は、大きいでしょう」
「そうですね」
逆もあるにはあるのだろうが、一般的に女性の立場が弱いことが多い。
その上で身分に差があると、苦労も多いだろう。
「エルナさんも、決断してくださってありがとうございます」
「え⁉ あ、はい」
突然の言葉に驚いていると、立ち上がったグラナートがエルナの隣に腰を下ろした。
※活動報告で今後のご連絡をしています。
「虐げられた苺姫は聖女のループに苺で抗う 〜たぶん悪役令嬢の私、超塩対応の婚約者に溺愛されてる場合じゃない〜」のイケオジ護衛騎士番外編完結。
そして魔法のiらんどでも連載中!
「未プレイ」「苺姫」ランク入りに感謝!
次話 グラナートが顔面の力で攻撃!