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林檎の中身と覚悟

「エルナさんのことですの?」

「いいえ」


 リリーはヴィルヘルムスに好意があるが、それをとても気にしていた。

 エルナは身分が下の者の気持ちは察することができるが、その逆はよくわからない。


 グラナートに尋ねれば、優しい言葉が返ってくるのかもしれない。

 それはそれで嬉しいが、今は高貴な立場の人達の本音が聞きたかった。


「では、噂の平民さんでしょうか。……正直に言って、よろしいのね?」

 エルナがうなずくのを見て、ペルレは手にしていたティーカップを置いた。



「まず身分ですが。心情としては関係ありませんが、世間的には大きいですわ。エルナさんもご存知の通り、子爵令嬢が王家に嫁ぐだけでも反発があります」


 それはまさにその通りだ。

 何せ、一応はグラナートが認めた状態だったのに、王太子妃教育の講師ですらエルナに嫌がらせをしていたくらいである。


「同じ貴族という範囲でも、そうなのです。当然、平民と貴族にはどうしても隔たりが存在します。まして相手が王族、しかも隣国の王太子となれば、見事なまでに住む世界が違いますわね」


 ペルレは焼き菓子に手を伸ばすと、一口齧る。

 その上品な食べ方を目に焼き付けようと見つめていると、気付いたペルレに苦笑された。


「王女であるわたくしが仮に嫁いだとしても、恐らくは何らかの文句が出ます。国にもよりますが、身分の差は大きい。それに加えて他国の人間となれば、反対がないわけがありませんわ。場合によってはその軋轢を利用して失脚を狙う愚か者が出るかもしれませんわね」


 実際、ヴィルヘルムスの妃をめぐってブルート国内の貴族がざわついているのだから、ペルレの言っていることは当たっているのだろう。



「ただ、それは林檎で言えば皮のようなものですわ。本当に必要なものは、中身です。王の傍らに立つだけの器に、何よりも王太子を支える絆。……まあ、それらが一切存在しない政略結婚の方が多いのですが」

 そこまで言うと、ペルレは美しい真珠(パール)の瞳をエルナに向けた。


「エルナさんが気に掛けるその方の中身は、王の林檎に相応しいと思いますか?」

「はい。勤勉で国の将来を考えることのできる、とても優秀な人です」


「そして、王太子もその方を想っていらっしゃる。……それならば、あとは林檎の皮。これなら方法はあります。一番多いのは、貴族の養子に入れて本人の身分を上げてしまうことですわね」

 やはり、それが一番確実で手っ取り早いのだろうが、問題がある。


「それはアデリナさんも提案してくれたのですが、本人が乗り気ではなくて」

 すると、ペルレが呆れたと言わんばかりにため息をついた。


「せっかくの申し出を蹴るなんて、もったいないですわ。この機会を逃せば、二度と手に入らないかもしれませんのに。どうせ後悔するのならば、精一杯やって失敗してから落ち込めばよろしいのよ」

「……ペルレ様は、強いですね」


 理屈でわかっていても、やはり失敗するのは怖い。

 まして好きな相手に迷惑をかけて嫌われてしまうかもしれないと思えば、腰が引ける気持ちも理解できた。


「違いますわ。一度諦めて、もう失うものがないのです。……自棄ですわ」

「それでも、強いと思います。とても素敵です」


 平民のリリーとは真逆の理由で、ペルレがレオンハルトを想うのは大変だったはずだ。

 それでもこうして前を向くペルレは、とても格好良い。



「それで林檎の皮ですけれど。養子が駄目ならば、あとは特例。国や風習によりますが、身分を超えて王妃を選ぶこともあります。わたくしが知っているものですと、国で一番背の高い女性や、いい井戸を掘った女性などがありました」


 冗談にしても酷い内容だが、ペルレがここでふざけるとも思えない、

 世界は広いと言うが、エルナの知らないことが沢山あるものだ。


「まあ、一番多いのは聖女を王妃に迎えるというものですわね。いわゆる、囲い込みです」

「聖女!」

「ええ。エルナさんのお母様が望めば、王妃になっていたことでしょう」


 確かに理屈の上ではそうだが、あのユリアがそれを受け入れたかと言われれば違うような気がする。

 父のマルセルに首ったけなのでそもそも承諾しないだろうが、聖なる威圧光線を振りまく王妃というのもどうかと思う。


「リリーさんは既に聖女の婚約者として認知されています。それならば、問題ないでしょうか」

「聖女というものが形骸化している国ならば、王なり神殿なりが認めればそれでいいでしょう。ですが、何らかの役目を果たすものだとしたら、その力を示さなければ認められないはずです」


 それは、当然のことだろう。

 何かを成す、あるいは期待されているからこその聖女という立場だ。

 ペルレの言うように形だけの状態でなければ、聖女としての何かを求められることになる。



「迷っているのなら、やめた方がよろしいわ。王太子妃となり王妃となれば、様々なしがらみがありますもの。覚悟がなければ、みすみす不幸になりに行くようなものです」


「つまり、覚悟があればなんとかなるかもしれない、ということですか?」


「その場合は、何とかするのです。ミーゼス公の養子が嫌ならばザクレスでもよろしくてよ。わたくし、妹が増えるのは歓迎ですわ。その方が後悔しないように見守り、必要ならば手助けして差し上げればいい。最後は、本人の心ですわ」


 エルナはうなずくとペルレをじっと見つめる。

 この強い女性ならば、レオンハルトの鈍さにもユリアの脅威にも立ち向かえるような気がした、


「ペルレ様。私、美しくて優しくて強い姉がほしいのです。夫の姉ではなくて――兄の妻に」

「ありがとうございます。もちろん、頑張りますわ」


 その言葉の意味を理解したペルレが、花が綻ぶような笑みを浮かべる。

 それに合わせるように、部屋の扉が開いた。




※活動報告で今後のご連絡をしています。



「虐げられた苺姫は聖女のループに苺で抗う 〜たぶん悪役令嬢の私、超塩対応の婚約者に溺愛されてる場合じゃない〜」のイケオジ護衛騎士番外編完結。

そして魔法のiらんどでも連載中!


「未プレイ」「苺姫」ランク入りに感謝!



次話 グラナートの口から少し不穏な言葉が……。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今のリリーだと、何かあったらヴィルに迷惑かけたって落ち込みそうですもんね。 なにかあった時、「よろしい、ならば戦争だ」ぐらいの強メンタルでいってほしいです。
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