痛いところをつかれたそうです
「久しぶりだね、エルナ」
学園のベンチに腰かけて花壇を眺めていると、聞いたことのある声が耳に届いた。
栗色の髪に赤鉄鉱の瞳の美少年の姿を認めたエルナは、立ち上がって一礼する。
「ヴィル殿下、お久しぶりです。ブルート国内は落ち着いたのですか?」
「ああ、うん。そのあたりは、グラナート殿下が来てから話すよ。それでリリーは? エルナと一緒に庭にいると聞いてきたんだが」
「久しぶりなのに、二言目には、それですか。もうすぐここに来ると思いますよ」
リリーのことが好きなのは知っているが、あまりにもわかりやすくて笑みがこぼれてしまう。
だが、対してヴィルヘルムスの表情は少し硬い。
「どうしました? リリーさんと文通していたんですよね?」
「ああ。……ただ、少し面倒なことになってね」
面倒とは何だろうと首を傾げていると、ヴィルヘルムスは困ったように笑った。
「リリーの気持ちがゼロじゃないのはわかっているし、待つつもりだったけれど……」
「エルナ様!」
遠くから呼ぶ声がして見てみれば、リリーとアデリナ、それからグラナートとテオドールがやってきた。
それぞれに挨拶を終えるが、やはりヴィルヘルムスの表情は硬いままだ。
「グラナート殿下、少し話があるんだ」
「それでは、わたくし達は」
雰囲気を察したらしいアデリナがリリーと共に下がろうとすると、ヴィルヘルムスが手で制した。
「……君達にも、聞いてほしい」
その一言に従い向かったのは、学園内の王族のための部屋だ。
エルナは来たことがあるし、護衛であるテオドールも恐らくは同様だ。
だがアデリナですら緊張した様子だし、リリーに至っては珍しく落ち着きがない。
「私のような平民が来るところでは……」
「それを言ったら、わたくしだって初めてですわ」
互いを支えるように美少女二人が寄り添って座っているのは、ただの眼福。
グラナートの隣に座ってうっとりと眺めるエルナをよそに、ヴィルヘルムスが口を開いた。
「ここはヘルツの王族専用なんだろう? 俺やリリーを入れてもいいのか?」
「学園内で人払いをするのも面倒です。聞かれたくない話でしょう?」
グラナートの言葉を裏付けるように、ヴィルヘルムスがお礼を述べた。
「今回ヴィルの訪問が遅れたのは、魔鉱石爆弾の残りが見つかったからですね?」
「ああ。その調査をしていた。残っていたものは処分したが、記録がはっきりしない部分があってね。ひとつだけなのだが、ブルート国内では見つからなかった」
それはもしかして、ヘルツ王国にあるかもしれないということだろうか。
全員がそれを察し、室内に緊張が走る。
「知っての通り、見た目には普通の爆弾だし、たいして大きくもない。だが、ひとつでもその威力……いや、効果は侮れないからね。放置することはできない」
グラナートも言っていたが、爆弾としての威力自体はそれほどではないが、結果として魔力のひずみを生む。
それは間違いなく脅威と言っていいものだった。
「本来は我が国の問題だが、こちらに流れていないとも限らない。目下全力で捜索しているが、一応留意しておいてほしい。……申し訳ない」
頭を下げるヴィルヘルムスにあなたのせいではない、と言いたい。
だが、ブルート王国で作られた魔鉱石爆弾に関しては、その王太子であるヴィルヘルムスは無関係ではいられない。
国を背負うということは、そこで起きたことの責任を負うということでもあるのだ。
「こちらに流れているとすれば、例の件に関わっていた家が有力ですが。ザクレス、ロンメルの両家の邸は既に調査済みです。……とはいえ、ひとつだけとなると、残念ながらいくらでも隠しようがありますからね。互いに気を付けましょう」
そこまで言うと、グラナートは紅茶を口にする。
「アレは、国の垣根を超えて危険です。現状、対抗手段は聖なる魔力しかないのですから。……エルナさんは、身辺に気を付けて。何かあればすぐに報告してください」
「はい」
「徒歩で通学していませんね?」
グラナートの言葉と共にテオドールの視線も痛い。
「はい。一応、ゾフィかフランツと一緒に馬車に乗っています」
エルナの侍女とレオンハルト専属の執事見習いだが、この二人はどうやら相当に強いらしい。
二人の名前を出したことで、グラナートとテオドールの表情が少し和らいだ。
「一応ではなく必ず、です」
「……はい」
「あの。失礼ながら、無関係の私がここにいるのは一体、どういう意味があるのでしょうか」
耐えきれないとばかりにリリーが聞いているが、それはそうだろう。
王族専用という部屋の中にいるのは、王太子と護衛の近衛騎士、次期王太子妃に隣国の王太子。
名門公爵令嬢のアデリナですら居心地が悪そうなのに、リリーは平民だ。
できることなら出て行きたいと顔が言っているし、その気持ちはエルナにも痛いほどよくわかった。
「それが、無関係とも言い切れない」
意外な言葉に皆の視線が集中すると、ヴィルヘルムスは小さく息をついた。
「前回の魔鉱石爆弾の騒ぎは、俺の異母兄達の暴挙だ。二人は既に王族から外され、一貴族になっているが、どうも動きが怪しい。血筋で言えば二人の方が上だし、俺が王になると都合が悪い一部の貴族が、再び担ぎ上げようとしている」
そう言ってティーカップに口をつける様は、さすがに王族だけあって優雅だ。
もともと王位継承とは縁遠いようなことを言っていたが、それでも身に着けている教養は一般貴族の比ではないのだろう。
「勢力としては大きくないが、ちょっと痛いところをついてきてね」
「痛いところ、ですか?」
既にヴィルヘルムスは王太子で兄は王族ではないのなら、そうそう勢力は覆らない気がするのだが。
一体どういうことだろう。
「俺が兄を退け王太子になれた大きな要因に、聖なる魔力を持つ虹の聖女の協力を取り付けた、というのがある。実際に魔鉱石爆弾を無力化したことでその力が重要視された。リリーにその役を演じてもらったわけだが……」
「ばれたのですか?」
虹の聖女は母のユリアであり、聖なる魔力を使えるのはユリア以外ではテオドールとエルナだ。
魔鉱石爆弾を無効化した際にエルナは気を失ってしまい、その間にリリーがブルートに行って聖なる魔力を持つ婚約者役を演じたと聞いていたのだが。
聖なる魔力がないとばれたことで、問題視されているのだろうか。
「いや、違う。そもそもブルートは魔力に恵まれていないから、真偽を測る術もない。治癒の魔力だけでも、希少な存在として国で保護するレベルだ」
「では、一体何が問題なのですか?」
「婚約者である虹の聖女が姿を見せず、一向に結婚の話が進まない。それで聖女の協力を得ていないのでは、王太子として相応しくないのでは、という風潮が出始めてね。実際のところ聖女の力自体というよりも、俺の妃が決まらないことによる後継者問題が大きいかな。……まあ、すこしざわついている。そこに異母兄派の貴族が乗っかっている感じだよ」
なるほど。
聖女というのは口実で、さっさとヴィルヘルムスに妃を娶ってほしい人や、その妃を輩出したい家も絡んでいるのだろう。
確かに今すぐヴィルヘルムスを脅かすことはないのかもしれないが、放ってはおけない問題だ。
「では、またリリーさんに演技をしてもらいたいと?」
「いや、それは……」
「――待ってください。そもそも婚約者の聖女というのはあの時だけで、円満に婚約解消したという設定では?」
慌てた様子でリリーが話すと、ヴィルヘルムスはゆっくりと首を振った。
「いや、していない。ずっとリリーが婚約者のままだ」
「何ですか、それ。聞いていません! だからもめるのでしょう? 早く婚約解消して、相応しい女性を妃に迎えて……聖女役が必要なら、私がブルートに行きますから」
早口でまくし立てるリリーに、ヴィルヘルムスは苦笑している。
「まあ、それが穏便だし、一番話が早いだろうな。……でも、できない」
「何故ですか」
呆れたと言わんばかりにため息をつくリリーもまた、可愛らしい。
ヴィルヘルムスは何かを決意したように小さくうなずくと、赤鉄鉱の瞳を虹色の髪の美少女に向けた。
「――俺が妃にしたいのは、リリーだけだから」
「虐げられた苺姫は聖女のループに苺で抗う 〜たぶん悪役令嬢の私、超塩対応の婚約者に溺愛されてる場合じゃない〜」のイケオジ護衛騎士番外編完結。
そして魔法のiらんどでも連載中!
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