露払いの約束
「え⁉」
まさかの言葉に声が上擦るが、レオンハルトはにこにこと微笑んでいる。
とんでもない誤解なので訂正しようとするが、ここで否定するのもグラナートに失礼だろうか。
こうなったらエルナの心臓の安寧は諦めてでも、ペルレのために次に繋げなくては、ここまでの苦労が水の泡だ。
「そ、そうです。でも機会がなくて。ペルレ様と殿下が話していれば、他の人は近付けませんし。レオン兄様は今後もペルレ様と踊ってください。ペルレ様に変な人が近付いたら、私も殿下も落ち着かないので」
これはペルレとレオンハルトを近付けるきっかけと、実際にペルレという美女を守るためでもある。
「なるほど。落ち着いて二人で過ごしたい、と」
「何か違……いません!」
必死に言葉を堪えるエルナの背後では、グラナートが笑いを堪えている気配がする。
「そういうことなら協力したいけれど」
レオンハルトは困ったように眉を下げると、ペルレの方をちらりと見た。
「……ペルレ様もずっと私が相手では、つまらないでしょう。他の方との交流の機会を奪うわけにもいきませんしね」
「いいえ、わたくしはレオンハルトさんがいいですわ! ……その。レオンハルトさんが嫌でなければ」
勢いよく返事をしたかと思うと、急にしおらしくなるペルレも尊い。
本当に、レオンハルトはよくもこの美女を前に普通にしていられるものだと、感心してしまう。
「まさか。光栄ですよ。実は、弟妹からいい人を見つけろと突かれていまして。ペルレ様がお相手してくださるのなら、ありがたいです」
笑顔からのまさかの言葉に、ペルレどころかエルナやグラナートまでもが息をのむ。
「そ、それって」
「手が空いたら女性に声をかけて歩けと言われそうですからね」
笑みを絶やさないレオンハルトを見て、エルナの口からそれは大きなため息がこぼれた。
さすがに生粋の王族であるグラナート達はそこまで露骨な態度ではないものの、明らかに落胆しているのがわかる。
駄目だ、やはりわかっていない。
今まで知らなかったが、レオンハルトは結構な鈍さのようだ。
相手が王女だから謙遜……いや、たぶん本当に鈍い。
これは確かに、隙だらけで隙がない。
ペルレの苦労がしのばれるというものだ。
「それでしたら、わたくしの専属になってくださいませ」
ペルレの攻撃に、思わずエルナも拳を握る。
脳内の運動会も一時競技を中断して、応援合戦に入ったようだ。
「専属ですか?」
不思議そうに瞬いているところからすると、きっとレオンハルトは意味をわかっていない。
だが、女性の求めを無下に断る人でもないので、きっと何とかなるはず。
……というか、なってほしい。
真剣な表情でうなずくペルレを見ると、レオンハルトもまたゆっくりとうなずいた。
「喜んで。ペルレ様に素敵な方が現れるまで、露払いいたしましょう」
笑顔のレオンハルトを見て、エルナの脳内応援合戦の太鼓の鼓面に穴が開いた。
駄目だ、本当に駄目だ。
呆れるエルナとは対照的に、ペルレは嬉しそうだ。
「姉上をよろしく頼みますね。レオンハルトさん」
グラナートに駄目押しされているのに、それでも気付いているようには見えない。
普段は温厚で敏い人だと思っていたが、何故この方向だけは全力で鈍いのだろう。
もちろん、エルナも他人様のことをとやかく言えるほどの人間ではないが、それにしたっていくら何でも酷い気がする。
めげないペルレの根性が素晴らしい。
「どうしたの、エルナ。難しい顔をして」
「……別に、何でもありません」
「エルナさんは大切な兄をとられたようで、寂しいのでは?」
グラナートのまさかのフォローにエルナは眉を顰めたが、レオンハルトは嬉しそうに破願した。
「そうなのか。困った子だな」
何ひとつ困っていない笑顔でエルナの頭を撫でるレオンハルトに、もうため息しか出ない。
「私、レオン兄様に結婚してほしいですけれど、お相手は誰でもいいわけじゃありませんから。義姉として心ゆくまで愛でたいので。美しく聡明で、筋肉のバランスが良く体幹がしっかりした女性がいいです」
もはやペルレにしろと言ったも同然だが、果たしてどう反応するだろう。
だが、エルナの緊張をよそに、レオンハルトは苦笑しながら頭を掻いた。
「そうか。それなら、頑張って探さないといけないな」
……駄目か。
わかってはいたが、本当に手強い。
「それならば、レオンハルトさんに素敵な方が現れるまで、わたくしが露払いいたしますわ」
「ペルレ様ほどの女性でしたら、露どころか草木も生えませんね」
一応褒めているつもりなのだろうが、その言い回しではペルレが破壊神か何かのようなのでやめてほしい。
だが、何かが通じ合ったらしい二人はにこにこと笑みを交わしている。
よくわからないが、もの凄く心配だ。
次の瞬間に結婚していても、このまま老人になってもおかしくない。
そのまま二人から離れたのだが、何だかとても疲れてしまった。
「大丈夫でしょうか……」
レオンハルトがまさかの鈍さだし、助け舟を出したかったけれど、上手くいったのかどうかもわからない。
「大丈夫だと思いますよ。少なくとも姉上に嫌悪感はないようですし。こう言っては何ですが、押したら大人しく押されそうです」
それは確かにわからないでもない。
「でも、押されていることに気付けるかどうか」
「そこは、姉上の腕の見せ所です。お膳立てはしましたからね。あとは本人に頑張ってもらいましょう」
「そう、ですね」
確かに、周りが何を言おうと思おうと、決めるのは本人達だ。
ここでエルナが気をもんでも仕方がない。
「ようやく、眉間の皺が取れましたね」
「え⁉ 皺ですか?」
ただでさえ凡人なのに、その上皺まであったらもう目も当てられない。
慌てて手を当てて額の皮膚を伸ばしていると、グラナートが楽しそうに笑っている。
「そんなに酷い皺なのですか」
ちょっとショックで手を下ろしてため息をつくと、グラナートがその手をすくい取った。
「違います。兄弟のことに一生懸命なエルナさんが、可愛いなと思いまして」
そういうなりエルナの手に唇を落とし、またしてもエルナが反応するよりも早く周囲から歓声が上がった。
「……殿下は、スキンシップが多くありませんか?」
「これでも控えていますが」
「ええ⁉」
「嘘です」
「ですよね」
納得してうなずくと、グラナートがいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「……というのは、嘘です」
「え……?」
それはつまり、どちらなのだろう。
混乱するエルナを見て微笑んだグラナートは、再び手の甲にキスをした。
「もう一度、踊ってくれますか?」
「う……はい」
まっすぐに柘榴石の瞳に見つめられれば、逆らうことなどできない。
恥ずかしいし悔しいが、このドキドキという鼓動が幸せだなとも思う。
願わくば、この幸せが続いて、皆も幸せでいられますように。
エルナは心の中でそう祈ると、グラナートと共に踊り出した。
「虐げられた苺姫は聖女のループに苺で抗う 〜たぶん悪役令嬢の私、超塩対応の婚約者に溺愛されてる場合じゃない〜」のイケオジ護衛騎士番外編完結。
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次話 失礼なプロポーズでお馴染みのあの人が、ついに……!