雷管ピストルが連射されました
「あの……この手は?」
エルナの背後に立つのは別に構わないし、肩に手をかけるくらいなら理解できる。
だが、現在の状況は完全に背後から抱きしめられている状態であり、とても舞踏会会場での王太子のふるまいだとは思えない。
恥ずかしさはあるが、それ以上にグラナートの行動の意図が読めず、不安になってしまう。
「次期王太子妃はとっくに決まっているのに、未だにうるさい連中がいるのですよ。公の場でも僕がエルナさんを手放さないというところを、見せつけておこうかと思いまして」
耳に吐息がかかるほどの近さで話しかけられ、その声の色っぽさにエルナの肩が震えた。
美少年は声まで美しい。
顔が見えないぶんだけ耳に集中する形になり、いつもよりも声の威力が増している気がする。
「……なるほど。つまり牽制ですね」
ということは、これは必要な仕事なわけだ。
「その場合、私はどうするのが正解でしょうか」
グラナートが求める役割をしっかり果たそうと、エルナは背筋を正した。
「そうですね。とりあえずはこのままで。時折、僕に微笑みかけてくれると嬉しいです」
「微笑み……」
これはまた、かなり難易度の高い指示が出た。
ペルレやアデリナは上品な笑みを浮かべられるし、リリーの華やかな笑みも絵になる。
だが、凡人が笑ったところで効果があるとも思えないのだが。
眉間に皺を寄せて考え込んでいると、背後からグラナートの笑い声が聞こえる。
どうやら、顔を見なくてもエルナが悩んでいることがわかるらしい。
「ダンスを見て、学ぶのでは?」
「そうでした」
指摘されて目を向けてみると、ペルレの笑顔が眩しい。
上品で気高いいつもの笑みも素敵だが、今日のような柔らかい微笑みもペルレの美しさを増して、素晴らしい。
「姉上があんな顔をするのは、レオンハルトさんに関わるときだけですよ。……まあ、気付かれていないようですが」
以前にアデリナがテオドールと踊った時も、そうだった。
ペルレとアデリナがわざと表情を変えているとは思えないので、好きな人と踊ると自然と顔に出てしまうのだろう。
……ということは、もしかしてエルナの顔も変化しているのだろうか。
あの二人は元が美しいので甘い笑みでも文句なしで絵になるが、凡人のエルナがにやけたらアレではないか。
次期王太子妃がにやけてアレな顔で踊っているなんて、よろしくない。
グラナートにも迷惑をかけかねないので、気を付けなければ。
「どうしました?」
「いえ。凡人のにやつきをどう封じるか、検討しようと思いまして」
「何ですか、それは」
「あ。でも、皆さんの視線は麗しい殿下の方に向かいますよね。ということは、私のことを見る人は少ない。……多少にやついても問題ありませんね」
ほっと一安心のエルナとは対照的に、グラナートの腕に微かに力が入った。
「もしかしてエルナさんのことですか? エルナさんは可愛いですよ。凡人ではありません」
「ありがとうございます」
衝撃的な不美人ということはないが、取り立てて何があるわけでもない見事な凡人ではある。
それでも好きな人に褒められれば、お世辞だとわかっていても、嬉しい。
思わず口元を綻ばせると、いつの間にか柘榴石の瞳がエルナの顔を覗き込んでいた。
「ひゃっ!?」
驚いて飛びのきそうになるが、しっかりと抱きしめられているので、動けない。
「……それがにやつき、ですか?」
「え? あ、はい。みっともないので、見ないでください」
こんな至近距離で美少年ににやつきを確認されるとは、どんな羞恥プレイだ。
慌てて顔を隠そうとすると、その手を握り締められ、阻まれる。
「可愛いですよ」
「へ?」
間の抜けた声を出しながら横を見れば、触れてしまいそうなほど近くでグラナートが微笑んでいる。
「どんな顔をしていても、エルナさんは可愛いです。僕は好きですよ」
至近距離の麗しい微笑みに、色っぽい声に、甘い言葉。
まさかの三連撃に、エルナの脳内運動会でスタート合図のはずの雷管ピストルが連射され、競技の終わりを告げた。
「……あ、ありがとうございます」
礼を言うのが精一杯で、そのままどんどん顔が下を向いていく。
にやけた顔を見られた時点で恥ずかしいのに、それを上回る攻撃とは何ということだ。
いや、これがグラナートの謎理論『もっと恥ずかしいことをすると上書きされる』か。
確かに、にやけ顔を覗かれたことなど、どうでもよくなっている。
だが更なる負担に鼓動が悲鳴を上げているし、脳内運動会も大混乱なので、あまり実行してほしくない。
「ダンスを見るのでは?」
「そうでした」
本来の目的を忘れるとは本末転倒。
慌てて顔を上げると、それを待っていたかのようにグラナートが頬に口づけた。
あまりに自然な動作に上手く反応できずエルナが固まっていると、それを補うかのように周囲から盛大な歓声が上がる。
いや、歓声の大きさがおかしい。
皆ペルレの方を見ていたのではないのか。
顔はそちらを向けつつ、視線はこちらにも向けられていたということだろうか。
さすがは貴族、一筋縄ではいかない。
「周囲を黙らせる前に、大切な妃に気持ちを伝えるのが先決のようだったので」
「ま、まだ妃では」
「もうじき、そうなりますよね。僕の唯一の妃に」
いちいち妃とか言わないでほしいし、唯一とか付け加えないでほしい。
もう何と答えたらいいのかわからず、エルナの脳内運動会はチーム対抗リレーで盛り上がっている。
小豆の海を走っているので転倒続出で、こちらも大混乱だ。
「……ああ、残念。戻ってきましたよ」
一体何のことだろうと思えば、ダンスを終えたペルレとレオンハルトがこちらに向かって歩いている。
結局二人のダンスをほとんど見ることができていないのだが、目的はきっかけづくりなのだからとりあえずは問題ない……ということにしよう。
「おかえりなさい、レオン兄様」
「姉上、素敵でしたよ。レオンハルトさんも、お上手ですね」
グラナートに軽く礼をすると、レオンハルトはにこりと微笑んだ。
「光栄です。ペルレ様は優雅でたおやかに見えて、筋肉のバランスが良く、体幹がしっかりとしています。姿勢が美しくてぶれない。素晴らしい才能ですね」
笑いかけられたペルレは、少し照れたようにはにかんでいる。
とても可愛らしいし心温まるのだが、女性に筋肉のバランスだとか体幹と言うのはどうなのだろう。
まあ、ペルレは喜んでいるようだし、レオンハルト的には高評価なのだろうから、いいのかもしれない。
「それにしても、エルナ。殿下と二人きりになりたいのなら、そう言ってくれればいいのに」
※諸事情により「未プレイ」第一章・第二章にあれこれしました。
詳しくは活動報告をご覧ください。
「虐げられた苺姫は聖女のループに苺で抗う 〜たぶん悪役令嬢の私、超塩対応の婚約者に溺愛されてる場合じゃない〜」のイケオジ護衛騎士番外編完結。
そして魔法のiらんどでも連載開始!
次話 エルナ、頑張る! ペルレも頑張る!