惚れ直しました?
「仲睦まじくて、いいことですね」
開口一番、レオンハルトの攻撃がエルナの脳内の玉入れの籠をぶち抜いた。
小豆は滝のように流れ落ち、たまに白い綿も混じっている。
もはや何の競技かわからないが、レオンハルトに他意はないし、本当に心からそう思っているのだとわかる。
――いっそ、からかわれたい。
またしても謎の感情がエルナに襲い掛かってきたが、とにかく心を落ち着けなくてはいけない。
視線を移せば、ペルレが柔らかい笑みを浮かべている。
笑みの理由が何なのかは、この際考えてはいけない。
美女の微笑みを堪能することに集中したエルナは、ようやく少し落ち着きを取り戻し始めた。
美女は正義にして、救いである。
完全に話しかけるタイミングを間違えている気もするが、ここで引いてはせっかくの機会が無駄になってしまう。
どうせならばこの事態を活かせるくらいにならなければ。
「そ、そういう二人も、仲良くお話をしていたみたいですね」
レオンハルトがうなずくのを見て、ペルレは何だか嬉しそうだ。
「ペルレ様のような素晴らしい女性のエスコートをできて、光栄ですよ」
笑みと共にそう言うのを聞いて、エルナは少しの違和感を覚える。
今の返答は、妹であるエルナに対するものではない。
ここは公の場で、エルナは妹である以前に次期王太子妃なのだ。
当然といえば当然であり、レオンハルトの態度は正しい。
頭ではわかっても、一線を引かれてしまったようで何だか心が落ち着かない。
本当なら二人も踊ったらどうか、と声をかけたかった。
だが次期王太子妃であるエルナに言われれば、レオンハルトは従うのだろう。
踊ること自体は喜んでくれるかもしれないが、そういう形でレオンハルトを動かすのはペルレの求めるものとは違うはずだ。
ならば、何も言わない方がいいのだろうか。
混乱して言葉を紡げずにいると、エルナの手をそっとグラナートが握る。
優しいその感触に隣を見れば、柘榴石の瞳の少年が柔らかい笑みを向けてくれていた。
「姉上はダンスも上手なのですよ。エルナさんもだいぶ上達しましたが、まだ不安だそうで。良かったら、二人でお手本を見せていただけませんか?」
ごく自然な会話だ。
それでも、グラナートがエルナの気持ちを汲んで言ってくれたのだとわかってしまい、危うく涙が浮かびそうになる。
「大変光栄なお話ですが、私は手本となるような腕前では……」
レオンハルトの答えは予想通りだ。
だが、せっかくグラナートが作ってくれた機会を失いたくなくて、知らずレオンハルトの袖をつかんでいた。
「レオン兄様がいいです。ペルレ様は美人ですし、他の男性に頼んだら勘違いされてつきまとわれるかもしれません。それに、私はレオン兄様のダンスが好きです!」
個人的に話しているとはいえ、ここは公の場だ。
兄の袖をつかんでこんなことを言うのは、間違っているのかもしれない。
それでもレオンハルトに訴えるのならば、次期王太子妃としてではなく、妹として話したかった。
レオンハルトは少し驚いたように見つめると、やがて瑠璃の瞳を細め、エルナの頭を一度だけ撫でた。
そしてペルレに向き直すと、恭しく一礼する。
「ペルレ様。よろしければ、私と一曲踊っていただけますか?」
「もちろん、喜んで」
レオンハルトに請われたペルレは、花のような笑みを返す。
そのまま手を引かれてダンスを踊り始めた二人に、会場の目が集まるのがわかる。
ペルレはもともと王女で公爵な上に美女なので、注目されるのは当然だ。
だが、レオンハルトと踊るペルレは常には見られないような甘い表情で、見ているこちらが幸せな気持ちになれた。
「……殿下。ありがとうございました」
「どういたしまして」
何を、と言わずとも、恐らくはわかっているのだろう。
だからこそ、エルナが言えないこと、望んでいることを代わりに口にしてくれたのだ。
「私、何だか急に色々なことを考えてしまって」
「そうみたいですね」
「……公私を分けるって、難しいです」
小さく息をつくエルナの手に、グラナートの手が重なる。
「少しずつ、慣れましょう。そんなに難しく考えなくても大丈夫です」
「殿下は、優しいですよね」
兄に他人行儀にされてショックを受けたなんて、あまりにも子供っぽいし、情けない。
それを補ってくれた上に慰められては、頭が上がらない。
「惚れ直しました?」
「そ、そんな」
「僕には惹かれませんか?」
少し悲しそうに目を伏せられ、エルナは慌てて首を振る。
「そんなことはありません。殿下は、素敵です!」
反射的にそう言ってしまい、すぐに口を押えたが、既に叫んでしまった事実は消せなかった。
恥ずかしくなって俯くが、グラナートは笑いながらも手を離してくれない。
「ありがとうございます。エルナさんも優しいですし、ちょっと抜けているところも好きです」
さらりと好きだと言われてしまい、更に恥ずかしくなってきた。
グラナートには自分の顔をじっくりと鏡で見てほしい。
その麗しさで言葉の破壊力が凡人の数倍になるのだから、もう少し控えてもらわないと困る。
何が困るって、嬉しいから困る。
籠をぶち抜かれて玉入れが終了したエルナの脳内では、小豆の海の中綱引きが始まってしまった。
足元が悪すぎて一切踏ん張れず、一方的にグラナートに引っ張られてしまう。
ずるずるとグラナートに引き寄せられる自分が怖いし、それでも幸せなのだからどうしようもない。
「ダ、ダンスを見ないと。学ばないといけませんので!」
自分を諭すようにそう言うと、視線を踊る二人に向ける。
幸い、ほとんどの人が踊るレオンハルトとペルレに注目している、
おかげでエルナの恥ずかしい叫びは、あまり周囲に届いていないようだ。
少し安心していると背後に人の気配を感じ、同時に顔の横から伸びてきた腕がエルナをぎゅっと抱きしめた。
※諸事情により「未プレイ」第一章・第二章にあれこれしました。
詳しくは活動報告をご覧ください。
「虐げられた苺姫は聖女のループに苺で抗う 〜たぶん悪役令嬢の私、超塩対応の婚約者に溺愛されてる場合じゃない〜」のイケオジ護衛騎士番外編完結。
そして魔法のiらんどでも連載開始!
次話 エルナの脳内運動会は雷管ピストル連射で競技終了!