自分の心に正直に
ペルレの恋路を応援することになったエルナに、ちょうどチャンスがやってきた。
王家主催の夜会があり、そこでペルレのエスコートをレオンハルトにお願いしたのだ。
既に何度か会っているし、エスコートもしたことがあるらしいが、今回はエルナが仲介する形でお願いしたこともあり、どうなったのかが気になる。
だが、これでも一応は次期王太子妃。
グラナートの隣で愛想笑いを浮かべているのが主な仕事とはいえ、それでも結構忙しい。
おかげでレオンハルトの様子どころか、姿すらも見つけられずにいた。
「……エルナさん、どうかしましたか?」
人の波が落ち着いたところで、グラナートが心配そうに顔を覗き込んできた。
柘榴石の瞳が麗しすぎて、近すぎて、エルナの鼓動が跳ねる。
「いえ。レオン兄様達のことが気になって」
「ああ。姉上は張り切っていましたよ」
張り切る美女というのもたまらないが、エルナが喜んでもどうしようもないし、レオンハルトに伝わらなければ意味がない。
先日、それとなくレオンハルトにペルレの印象を聞いてみたが、どうも微妙だった。
褒めているのだが、褒める方向がおかしいというか、何というか。
「エルナに王族の髪飾りを渡して気にかけてくださっているんだろう? 優しい方だよね」というように、すべての褒める基準がエルナなのだ。
とてもありがたいし、悪いことではないし、ペルレに対する好感度は高そうだ。
だがしかし、ペルレが望むそれとはどうも種類が違う気がしてならない。
隙だらけなのに隙が無いと言っていたペルレの気持ちが、今ならばよくわかるというものだ。
「……大丈夫でしょうか」
知らずこぼれたその言葉に、グラナートが苦笑している。
「見に行きますか?」
「いいのですか⁉」
嬉しくなって目を瞬かせると、柘榴石の瞳が優しく細められる。
「兄姉に会って話すくらい普通のことですし、大丈夫ですよ。ただ、どこにいるかわかりませんし……まずは一曲、踊ってくれますか?」
恭しく礼をして手を差し伸べる様は、まさに絵に描いたような王子様。
そのあまりの麗しさに、周囲から感嘆のため息がこぼれた。
見ているぶんには眼福だが、実際にその瞳を向けられると、鼓動がジャンプするので心が落ち着かない。
だが、ここは夜会の会場で、公衆の面前。
次期王太子妃として、グラナートに恥をかかせるような対応をするわけにはいかない。
「よ、喜んで」
どうにか笑みを浮かべつつグラナートに手を預けると、眩い美貌の王太子は流れるようにエルナの手に唇を落とした。
周囲から悲鳴のような歓声が上がり、年頃の御令嬢達が頬を染めているのが視界に入る。
本当ならばエルナだって叫びたいが、ここは公の場で多くの人目がある。
王太子に手にキスされて絶叫する次期王太子妃だなんて、前代未聞のはず。
エルナの評判はどうでもいいが、それはグラナートの評判にも直結してしまう。
顔が赤くなるのはどうしようもないので、せめて叫ぶのは堪えなければ。
短い時間に一気に思考を駆け巡らせたエルナは、声を抑えるために唇を引き結び、それでいて微笑むという大変に顔面の筋肉を使う羽目に陥った。
グラナートに手を引かれて踊り出すが、どうも顔に違和感がある。
しきりに口をパクパクしたり眉間に皺を寄せたり戻したりしていると、柘榴石の瞳が不思議そうにそれを見つめていた。
「……どうかしましたか?」
「いえ。悲鳴を堪えたら顔面筋肉痛になりまして、解しているところです」
正直に状況を報告すると、グラナートはきょとんと目を丸くし、次いで笑い出した。
「筋肉痛もアレですが。悲鳴を堪えたのですか?」
そう問われてエルナは自分の発言がかなり失礼であることに気付いた。
「ええと、あの。殿下が嫌というわけではなくて。人目がある中で叫ぶのはいかがかと思いまして」
「つまり、悲鳴をあげそうだったと」
「す、すみません……」
ずばり指摘されてしまえば、もう謝罪するしかない。
申し訳なくて少しうつむきながら踊っていると、繋いだ手をぎゅっと強く握りしめられる。
何事かと思って顔を上げれば、グラナートの笑みが眩しい。
「謝ることはありませんよ。あの場で悲鳴をあげられたら、さすがに切ないですからね。それに、僕としては嬉しいので」
嬉しいという言葉の意味がよくわからず、エルナは首を傾げる。
騒ぎにならなくて良かったと聞こえるが、その場合は嬉しいと言うよりも安心という感じだろう。
悲鳴をあげられると切ないとしても、その反対は嬉しいとは違う気がする。
「エルナさんが僕を意識してくれるのは、嬉しいですから。それに、頬を染めるエルナさんも可愛いですし」
笑みと共にとんでもないことを言われたエルナの足がもつれ、危うく転びそうになる。
だがグラナートは上手くエルナの手と体を自分に引き寄せて、姿勢が崩れないようにしてくれた。
細身の王子様という見た目なのに、その力は思いの外、強い。
グラナートは男性なのだという事実を突きつけられて、何だか急に恥ずかしくなってきた。
「すみません。ありがとうございます」
「構いませんよ。照れるエルナさんを見るのも好きですから」
まさかの追い打ちに再び転びそうになるが、グラナートは自然にそれに合わせてくれる。
その技術には感心も感謝もするが、さっきから言葉選びがおかしくはないだろうか。
「……殿下って、そういうことを言う人でした……?」
始めの頃はとにかく『名前を呼んでくれ』と言ってくる不審な王子という印象だったが、その頃から一貫して律儀で穏やかだ。
もちろん今も律儀だし物腰は柔らかく優しいのだが……時折、妙に積極的というか何というか。
正直、心臓が忙しいので少し控えてほしい。
「姉上と同じですよ。僕も自分の心に素直になっただけです」
「そ、そうですか」
それはつまり、心からエルナを可愛いとか好きだと言っているということで。
告白どころかプロポーズもされたし、好意を向けてくれているのは十分にわかっている。
それでも嬉しくて恥ずかしくて、頬が熱を持っていくのを止められない。
グラナートは頬を染めるエルナを見ると満足そうに微笑んでいるが、本当にどうしたらいいのだろう。
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「苺姫」「未プレイ」「残念令嬢」ランク入り(他は未確認)ありがとうございます。
次話 ダンス中転びそうになるエルナに、グラナートが例の謎理論を……。
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