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私情しかありません

「え、あの。ペルレ様?」

 上品な美女の低い声に少し怯えていると、ペルレがエルナの両手を包み込むように握ってきた。


「エルナさんのお話を聞くことができて良かったですわ。まずはわたくしが最低限の条件を満たしているのだと気付いていただかなければ。……結婚式には、ご両親もいらっしゃいますわね?」


「はい。その予定です」

 エルナの返答に応えるように、ペルレは手をぶんぶんと上下に振る。


「そこが最終決戦。それまでにわたくしという存在をお伝えして、必ずやノイマン子爵夫人に打ち勝ってみせます!」

 まるでユリアと戦うような口ぶりだが、大丈夫なのだろうか。


「あの。母は別に女性達を蹴落とそうとしているわけでは……」

「ありがとうございます、エルナさん。わたくし、頑張りますわ!」


 とどめとばかりに大きくエルナの手を振ると、そのまま恐ろしい速度で部屋から出て行ってしまった。

 相も変わらず俊足だが、それにしても気合いと勢いが凄い。



「ペルレ様……あんな方でしたっけ?」

 思わずそう呟くと、グラナートが笑う声が聞こえる。


「姉上はもともと元気な方ですよ。女騎士を目指したくらいですし」

「では、王女として相応しく淑やかに振舞っていたのですね」


 演技というと何となく響きは良くないかもしれないが、ペルレのそれは自然で上品で見ていて惚れ惚れとするものだ。

 ほんのひとかけらでも、その才能を分けてほしいくらいである。


「今は興奮状態というのもありますね。何せ、長年想い続けた人に堂々と近付けるのですから」

「長年? ……ファンだったのですよね?」


「ファンですよ? 自分でどう思っていたのかは知りませんが、姉上が頬を染めて男性の話をしたのは後にも先にも一人だけです。兄上も僕も薄々気付いていましたが……本人が自覚したのは最近のようですね」

 紅茶を口にしながら話すグラナートは、何だか楽しそうだ。


「だから『国益のある結婚』をさせなかったのですね」


「王族である以上は、それが普通のことかもしれません。ですが、王太子だった兄上や命を狙われていた僕は無理でも、姉上だけは自由でいてほしかったのです」

 ティーカップを置いて微笑む姿に、エルナの口元まで綻んでしまう。


「二人とも、優しいのですね」

 エルナに笑みを返したかと思うと、グラナートはそのまま立ち上がり、何故か隣に腰を下ろした。



「あの……?」


 会話の流れからすると、隣に来る必要はないと思うのだが。

 何かあったのだろうか。


「少しずつ慣れる約束ですよね?」

「え? まあ、はい」


 そういえば、そんな話をした気もする。

 すると膝の上に乗せていた手にグラナートの手が重ねられ、エルナの肩がびくりと震えた。


「ヴィルが少し遅れるようです。魔鉱石爆弾の残りの確認作業が遅延しているらしくて。ほとんどはあの時にヘルツ王国に持ち込まれてエルナさんに砂に変えられましたが、すべての所在を確認しないと危険ですからね」


 手を握られているのは気になるが、今は真面目な話の最中だ。

 気にしなければ問題ないはずなので、話に集中してしまおう。


「魔鉱石爆弾は、要は資質がなくても呪いの魔法を使えるようなもの。爆弾としての攻撃力はたいしたことありませんが、あの魔力のひずみは脅威です」


 実際、ヴィルヘルムスはかすり傷でもかなりの苦しみようだった。

 あの時はエルナのハンカチで事なきを得たが、もしもそのままだったらと思うとぞっとする。


「あの件に関わった当時のザクレス公爵とロンメル伯爵は既に失脚していますし、関係各所も捜索されています。大丈夫だとは思いますが、一応気を付けて。何かあれば、僕に言ってくださいね」

「はい」



「約束ですよ? 他人から報告されてバケツの水を被ったあなたを見つけるだなんて、もうごめんです」


 これは、アンジェラ・ディート王女に嫌がらせをされた時のことだろう。

 ちょうど聖なる魔力を抑制していたせいで、すべての嫌がらせを余すところなく体験したのだ。


 現在は抑制していないので同じようなことにはならないと思うものの、あの時の怒ったグラナートの様子を思い出せば、今でも申し訳なくなってくる。


「その節は、すみませんでした」

「あなたが自分の身を守ることが、僕の身を守ることにもなる。ですから、無理はせず、いつでも何でも言ってくださいね」


 そう言うなり、握っていた手を持ち上げ、その甲に唇を落とす。


「は、はいっ!」

 返答と驚愕が重なったことで、妙に元気のいい声が出てしまう。



「それから、スキンシップにも慣れてください。妃をエスコートし、公の場で手にキスすることもありますよ」


 なるほど、そのための練習だったわけか。

 となれば、恥ずかしいからと逃げているわけにはいかない。


「が、頑張ります」


 返答するエルナを見て微笑むと、グラナートは再び手に口づける。

 これはグラナートの隣に立つ妃として必要な要素であり、そのための練習だ。


 恥ずかしくても表情に出してはいけないだろうから、堪えなければ。

 手の甲の柔らかい感触に気を取られたら負けだ。

 唇を噛みしめてどうにか耐えていると、グラナートが苦笑する。


「そんなに硬くなっていては、困りますね」

「すみませ……」


 謝罪するよりも早く、グラナートの綺麗な顔が近付き、リップ音と共に額にキスされる。

 想定外の出来事に、空気を求める魚のように口をパクパクさせることしかできない。


「……こ、これも練習、ですか?」

 どうにか絞り出した声に、グラナートは首を振る。



「いいえ? 私情しかありません」

「私情……」


 私情というのは個人の感情であり、また個人の利益や欲望を叶えようとする気持ちのことでもある。

 ということは、つまり。


「僕がエルナさんに触れたいだけです」

「そ、そうですか」


 確かに言葉の通りならそういうことになるのだが、何と返したらいいのかわからない。

 困惑のあまり俯くエルナの手に、そっとグラナートの手が重ねられる。


「……駄目ですか?」


 耳がとろけそうないい声に震えながら顔を上げれば、当然のようにそこには眩い顔があるわけで。

 柘榴石(ガーネット)の瞳にじっと見つめられて、拒否することなどできはしない。


「だ、駄目じゃない、です」


 もはやおねだりすればエルナが折れるとわかってやっているとしか思えないが、実際に逆らえないのだからどうしようもない。


 美少年は、正義なのである。



「では、問題ありませんね」


 にこりと微笑んだグラナートは、とどめとばかりにエルナの手に唇を落とす。

 しかも、二回。


 ……このままでは、微笑みとスキンシップで死んでしまうかもしれない。


 一抹の恐怖を抱えるエルナの頭を、グラナートは優しく撫でた。






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