少しずつ、慣れましょう
「他……あの、テオ兄様とアデリナ様が結婚するとしたら。ミーゼス公爵家にとっては望ましくないことなのでしょうか」
気にはなるが、アデリナ本人にはなかなか聞きづらい。
ここは長年婚約者でミーゼス公爵家のことを知っているであろう、グラナートの意見を聞いてみたかった。
「まあ、そうですね。テオは子爵令息ですが嫡男ではなく、近衛騎士を務めています。一代限りの準貴族ということになりますので、すんなり認めてくれるのかはわかりませんね」
「ですよね」
大丈夫と太鼓判を押されるとは思っていなかったが、王太子の口からそう言われてしまうと、一層困難な道に思えてきた。
「それで、他には何かありますか?」
「他……ヴィル殿下がヘルツ王国に来るらしいですね」
「そのようです」
さすがに一国の王太子が訪問するにあたって、王太子であるグラナートには連絡が行っていたようだ。
逆に言うと、それくらいの立場の人に連絡をしているわけで。
手紙で知らせているあたり、ヴィルヘルムスにとってリリーが特別なのだということがよくわかる。
「リリーさんとヴィル殿下が文通していたと聞いて、驚きました」
「あれは、僕宛ての親書の中に混ぜて送られたものを、リリーさんに渡しています」
「そうなのですか?」
まさかの文通経路に驚くと、グラナートが用意されていたお菓子をひとつ摘まんで口に放り込んだ。
「隣国の王太子と平民では、連絡のしようがありませんからね」
「それもそうですね。ありがとうございます」
思わず頭を下げると、それを見てグラナートが笑っている。
「どうしてエルナさんがお礼を言うのですか?」
「だって。リリーさん、楽しそうでしたし。リリーさんが嬉しいなら、私も嬉しいです」
グラナートは再びお菓子を摘まむと、今度はエルナの前に差し出した。
「はい、エルナさん。あーん」
「え、は、はい」
勢いに押されて食べてしまったが、何故このタイミングで『あーん』なのだろう。
恥ずかしさを堪えつつ考えてみるのだが、どうもよくわからない。
「さっきから、他の人の恋路の話ばかりですね。そういうエルナさんが好きですけれど、貴重な時間ですし。……今は、僕のことを考えてほしいです」
「ぜ、善処します」
ソファーの隣という至近距離で見つめられてそんなことを言われれば、胸がドキドキしてどうしたらいいのかわからない。
「そんなに硬くならないでください」
だったら、ソファーの上に置いたエルナの手を握らないでほしい。
そう訴えようとは思うのだが、にこりと微笑まれればその力に敗北を喫してしまう。
眩い美貌と好意が相まって、グラナートが無敵の生物になりつつあるのだが、どうしたらいいのだろう。
だが、悩むエルナをよそにグラナートの手が伸び、頭を撫でられる。
そのままその手は滑るように耳元から頬に移動し、驚いたエルナの肩が震えた。
「そんなに緊張されると、キスしづらいです」
「――な、何を⁉」
ひときわ大きく肩を震わせて少し距離を取ると、グラナートは柘榴石の瞳を優しく細める。
「冗談ですよ」
何という、破壊力抜群の冗談だ。
とにかく一安心でため息をつくが、同時に魂も抜けて行ってしまいそうである。
「そうあからさまに安心されると、傷つきます」
「え。す、すみません」
最初からグラナートが妙なことをせず、冗談を言わなければいいだけだ。
それでもエルナの反応で傷ついたと言われれば、何だか罪悪感が湧いてくる。
これもまた、『美少年は正義』の弊害なのかもしれない。
釈然としないままに謝るエルナを見て、もう一度グラナートが頭を撫でた。
「これから王太子妃として、ゆくゆくは王妃として。忙しくなったり、あまり楽しくないこともあるかもしれません。でも、何かあれば僕に相談してくださいね」
頭を撫でる手を止めると、柘榴石の瞳がエルナをとらえた。
「本来ならもっとのんびり過ごせたはずのあなたを、巻き込んだのは僕です。できる限り負担がないように配慮しますから。……僕のそばにいてください」
「――それは駄目です!」
真剣な眼差しで訴えられ、エルナは反射的に首を振った。
「殿下だけが忙しくて気を遣うのはおかしいです。王太子妃は王太子を支えると習いました。不足分は多いでしょうが、それでも、私にもその負担を分けてください。一緒に頑張りましょう!」
驚いた様子のグラナートの視線を追うと、いつの間にかエルナがしっかりと手を握り締めている。
「す、すみません」
慌てて手を離そうとすると、それよりも先にグラナートの手がエルナの手を包み込んだ。
「……参りました。僕よりも、エルナさんの方が余程しっかりしていますね」
「いえ。アデリナ様の教えをそのまま言っただけで」
別にエルナが凄いわけではないと言いたいのに、じっと見つめられて言葉が出てこない。
「エルナさんは既に僕の唯一の妃候補であり、そして王妃となる。僕があなたを手放す気がない以上、これは確定です」
それはわかっているので、エルナはゆっくりとうなずく。
「ですが、それ以前に。一人の男として。あなたと共にいたいし、あなたを守りたい」
「はい。……私もです」
エルナはグラナートが王子で王太子だから、プロポーズを受け入れたわけではない。
グラナートという個人と共にいたいからこそ、大変な王太子妃教育だって乗り越えられるのだ。
わかっていたこととはいえ、こうして口にしてみると何だか胸の奥が温かくなっていく。
やっぱり、好きだなあとしみじみ思っていると、あっという間にグラナートの顔が近付き、頬に口づけた。
「ひゃあっ⁉」
思わず悲鳴を上げると、触れてしまいそうな至近距離でグラナートが笑った。
「そんなに驚かなくても」
「す、すみません。でも、殿下が急に」
「そうですね。急では驚いてしまう。これからは少しずつ慣れるようにしましょうか」
「ええ⁉」
とんでもない提案なのだが、にこにこと微笑まれてしまえば、異を唱えづらい。
「少しずつ、ですね」
エルナの手をすくい取ってその甲に唇を落とすと、眩い美貌の王子は満足そうにエルナを見つめた。
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次話 王宮に向かうと、待っていたのはプライスレスな出来事……!
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