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美少女は、正義です

「もうすぐ結婚式ですね」


 虹色の髪に紅水晶(ローズクォーツ)の瞳という夢のような色彩の美少女が、楽しげに呟く。

 こんなに可憐な乙女の結婚式ならば、さぞ美しい花嫁だろうと思うが……残念ながら今回の花嫁は彼女ではない。


「本当は、学園の卒業後という話だったのですが」


 エルナがため息をつくと、リリーが虹色の髪を揺らして笑った。

 花の妖精だと言われたら満場一致で納得の麗しさに、エルナの頬も緩んでしまう。


「それは仕方ありませんわ」

 銅色の髪に黄玉(トパーズ)の瞳の美少女が、当然だとばかりうなずく。


 一切の無駄な肉がなく、それでいて必要なところにはふんだんにボリュームのある体は、女性であるエルナが見ても惚れ惚れするほど。

 妖艶という形容詞がぴったりな美少女は、エルナの髪を梳かすリリーに櫛を渡している。


「どうせ結婚するのなら同じことだし、警備上もその方がいい……とされていますけれど。殿下はさっさと結婚したいのですわ」

 王太子であるグラナートに対して身も蓋もない表現をすると、アデリナはリリーに渡すリボンを準備し始めた。


 虹の髪のリリー・キールと、銅の髪のアデリナ・ミーゼス公爵令嬢。

 誰もが振り返ること必至な無類の美少女二人に髪を結われているのは、エルナ・ノイマン子爵令嬢。


 濃いめの灰色の髪に水宝玉(アクアマリン)の瞳の、ごく普通の容姿だ。

 絵面では二人に釣り合わないどころか、ただの空気と化している。


 一般的な女性ならば二人のあまりの美しさに気後れして距離を取るか、身の丈に合わぬ嫉妬をするのかもしれないが、エルナは違う。

 右を向いても左を向いても非の打ちどころのない美少女という、眼福でしかない空間を存分に楽しんでいた。



「結婚式に向けてベールに刺繍をしているのですが……全然、実感が湧きませんね」


「素敵ですね。結婚式というエルナ様の晴れ舞台。叶うのならば髪を結いたいです。ベールから透けて見える複雑な編み込み……たまりませんね」

 美少女がうっとりと頬を染める様は麗しいが、理由が何だかおかしくはないだろうか。


「アデリナ様は、結婚はどうなさるのですか?」

 髪を梳かし終えて編み込みを始めたリリーの言葉に、アデリナは震えてリボンを落とした。


「け、結婚だなんて」

 アデリナは一気に顔を真っ赤に染めながらリボンを拾い、次いでため息をこぼした。


「も、もちろん、そうなったら素敵ですけれど。家のこともありますし」


 アデリナは国でも有数の名門、ミーゼス公爵家の令嬢だ。

 これまでずっと王子の妃候補だったことを考えても、そのお相手には相応のものが求められるのだろう。


 アデリナの恋人はエルナの兄のテオドールだが、子爵令息でしかない上に跡継ぎでもない。

 近衛騎士になったとはいえ一代限りの準貴族という扱いのはずなので、アデリナを娶るにはかなり諸々が不足していると言えた。



「そういえば、結婚式にはお祝いのためにブルート王国の王太子もいらっしゃるらしいですわね」


 笑顔で話題を変えたアデリナを見る限り、もちろん本人も自覚しているのだろう。

 二人が考えて乗り越えることだとわかっていても、兄と友人の恋路の行方はやはり心配だった。


「国は落ち着いたのでしょうか。お兄様二人もどうなったのでしょうね」


 隣国の王太子であるヴィルヘルムス・ブルートには、二人の兄王子がいた。

 魔鉱石の爆弾を作ってヘルツに持ち込み、一歩間違えば戦争という事態を引き起こしたわけだが。

 その後の処遇はよく知らなかった。


「王族からは外されて、今は一貴族です。ヴィル様は厳罰も検討したようですが、父王の願いを聞き届ける形になったみたいですね」

「甘い、と言いたいですが……他国のことですし。国王にも事情なり情なりがあるのでしょう」


 頬の赤みが引いたアデリナが、難しい顔をしている。

 美少女の真剣な顔もまた美しいので、見ていて飽きない。


「今は魔鉱石爆弾の残りを調査しているらしくて、そちらがひと段落すればヘルツ王国に向かうと言っていました」

「……リリーさん、詳しいですね」


 一応は次期王太子妃であるエルナですら、そこまで詳しい話は知らない。

 それに、言っていたというのは一体誰のことだろう。



「そ、それは。私、ヴィル様と文通をしていまして」

「王太子殿下とですの? それはつまりリリーさんに、やっと好意をお伝えしたのですか?」


 他人の恋路だと一切照れないアデリナが、今日もぐいぐい迫っている。

 迫る美少女と迫られる美少女というのも悪くないが、今は話の内容の方が気になった。


「好意だなんて。ヴィル様はブルートの王太子で、私はただの平民ですよ。そういうのは、ありえません」

 きっぱりとそう言う割には、何だかリリーの表情は冴えない。


「以前にアデリナ様が、妃は身分よりも王太子の支えになれるかどうかが必要だと言っていましたよ?」

「それは、エルナ様の話です。そもそも、ヴィル様は友人です。友人と呼ばせていただくのもおこがましいくらいです」


 もともとリリーは身分差をしっかりとわきまえている方だが、それにしても今の様子は頑なだ。

 エルナとグラナートも結構な身分差だが、同じ国の貴族ではあった。

 平民と隣国の王太子というのは、やはりかなり大きな壁なのだろう。



「それよりも、お二人は仲良くなさっていますか? 『あーん』はしました?」

「え、それは」


 自分のことだけピュアな反応のアデリナが、見事に頬を染めて狼狽えている。

 美少女の形勢逆転。

 これはこれで悪くなかった。


「テオ兄様は喜ぶと思いますよ。林檎一個まるごとで構いませんので」

「前にも聞きましたけれど、そんなのは無理ですわ。大体、林檎をそのまま出してどうするのです」

「齧ります」


 当然のことを伝えると、黄玉の瞳が見開かれた。

 どうやら生粋の上位貴族であるアデリナには、林檎丸かじりは衝撃的だったようだ。


「田舎では普通ですよ。テオ兄様は木から林檎をもいでよく齧っていました。アデリナ様の林檎なら糖度割り増しですし、美味しく食べると思います」

「ですが。丸ごとだなんて、はしたないですわ」


「大丈夫です。テオ兄様は、そもそもはしたないです」

「そ、そんなことはありません! テオ様は紳士ですわ!」


 勢いよく叫んだかと思うと、自分が何を言ったのかに気付いたらしく、アデリナの頬が更に赤く染まっていく。


「……その林檎のごとき赤みの頬を差し出す、というのもありなのでは」

「エルナさん⁉ あなたの方こそ、はしたないですわよ!」


 もはや泣きそうになりながら、アデリナが震えている。

 妖艶な美少女が瞳を潤ませる様に、おかしな扉を開いてしまいそうで怖い。



「なるほど、いい案だと思います。それでは、エルナ様もご一緒に。四人で『あーん』してください。互いに互いの報告をすれば、確実ですね」

 虹色の髪の美少女が、天使の微笑みで悪魔の提案をしてきた。


「そ、それは……」

「私、楽しみにしていますね」

 眩いという言葉を超えた輝きの笑顔に、エルナはうなずくことしかできない。


 そう。

 美少女は、正義なのだ。




「虐げられた苺姫は聖女のループに苺で抗う 〜たぶん悪役令嬢の私、超塩対応の婚約者に溺愛されてる場合じゃない〜」完結!

ランキング9位です。

ありがとうございます。


※イケオジ護衛騎士の番外編についてアンケートを取っています。

詳しくは活動報告をご覧ください。




お久しぶりの「未プレイ」連載開始です。

初投稿作ですが、もう第5章になりました。

よろしければ感想・ブックマーク等いただけると嬉しいです。

既にランキング入り、ありがとうございます。


次話 早速「あーん」の課題をこなすため、エルナは素振りを始める!




第8回ネット小説大賞を受賞作

「婚約破棄されたが、そもそも婚約した覚えはない」(略称・「そも婚」)

宝島社より紙書籍&電子書籍、好評発売中!

(活動報告にて各種情報、公式ページご紹介中)

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