ユリア・エーデル 4
「……ということで。私は身体的には貧弱で、精神的には貧弱じゃないマルセル様が好きよ」
せっかくの発見だったので本人に伝えてみたのだが、何故か表情が曇っている。
「一応確認しますが、それは褒めているのでしょうか?」
「もちろんよ。大絶賛だわ」
元気に断言すると、マルセルの表情は更に曇った。
「ユリアさん、あなたの好みは相当特殊だと思います」
「きゃあ! もう一回、もう一回呼んで!」
「……ユリアさん」
マルセルの低めの声で呼ばれると、自分の名前が何倍も素晴らしく聞こえる。
これが、マルセル・マジックか。
「――最高だわ」
うっとりと余韻に浸っていると、読書中だったマルセルが本を置いた。
「俺をからかうのも結構ですが、程々にお願いします」
「からかってなんかいないわ。口説いているつもりよ」
最近のマルセルは自分のことを『私』ではなくて、『俺』と呼ぶ。
何だか少し近付けたみたいで、それも嬉しかった。
「学園中から好奇の目と敵意に晒されている、俺の身にもなってください。殿下にまで声をかけられて、困っています」
「殿下?」
殿下という尊称をつけるからには王族関係か。
でも、今の話に何の関係があるのだろう。
それに、声をかけられるという意味がわからない。
マルセルに声をかける、殿下……。
「――まさか、王女から求婚されたの?」
危なく胸ぐらを掴みそうになる手を押さえつつ、マルセルに詰め寄る。
こんなに素敵な貧弱少年はそうそういないだろうから、目をつけられたのか。
「王女の目の高さは評価するけど、マルセル様をおいそれとくれてやるわけにはいかないわ。いざとなったら、攫ってでも……」
「いや、ちょっと。ちょっと待ってください。何で俺が王女に求婚されるんですか」
「違うの?」
「普通に考えて、何ひとつ王女に釣り合わないでしょう? ありえませんよ」
まあ確かに、釣り合う釣り合わないで言えば、釣り合うところはない。
だが、マルセルは世にも稀なる奇跡の貧弱バランスの持ち主だ。
そこを見込まれれば、可能性はある。
「……じゃあ、殿下って何?」
「今、学園で殿下と言えばザフィーア・ヘルツ王子でしょう」
「誰それ」
ユリアの素朴な疑問に、マルセルは目を丸くした。
「入学式で代表挨拶していますし、遠くから見てもわかる美少年ですよ。それに、ユリアさんとも話していると思うのですが」
「入学式で挨拶……金髪の? そう言えば、王子だったような気が」
どうでも良すぎて顔は思い出せないが、ユリアに並んでも遜色ない美少年だった気がする。
「まさかのうろ覚えですか。ユリアさんは殿下に好意を寄せられているでしょう?」
「……ええ? そんな馬鹿な。碌に話をしたこともないのに?」
「まさにユリアさんと話がしたいと相談されました」
「話がしたいのなら、私に言えばいいじゃない」
マルセルはユリアの窓口ではないのだから、手間をかけさせないでほしい。
そもそも、そんな面倒臭い方法で話しかけられるなんて、不愉快だ。
「声をかけたけれど、すげなく断られ。その後は立ち止まってももらえないそうです」
「……うーん? ああ、そう言えば金髪美少年に話がしたいとか言われたことが。……あれが?」
「恐らく、殿下です。ユリアさんから見て美少年だなんて、殿下くらいのものでしょう」
「まあ、そんなどうでもいいことは置いておいて。私が好きなのは、マルセル様です」
「王子をどうでもいいって……」
ため息をつくマルセルもまた、いい感じだ。
ユリアもまた、感嘆のため息をついた。
「――マルセル様が、攫われた?」
ユリアの黒曜石の瞳が見開かれる。
学園に入学して二ヶ月もすると周囲も何かを諦めたらしく、マルセルへの嫌がらせも収まり、平穏な日々が続いた。
だから、油断していた。
まさか、マルセルに危害を加える愚か者が、まだいたとは。
ユリアの体からにじみ出る怒りに怯えつつ、女生徒が教えてくれた情報によると。
裏庭でザフィーアの姿を見かけて覗いていたらマルセルがやってきて、話をしている間に見たことのない男達が二人を攫って行ったという。
「何てことなの」
マルセルを呼び出すとは、抜け駆けもいいところだ。
ユリアだって節度を守って一日三度の口説き落としを守っているのだから、新参者もそのあたりをわきまえてほしいものだ。
「わ、私、情けないのですが、怖くて震えて声も上げられなくて。急いで警備に伝えましたが、ノイマンさんと親しいエーデルさんにもお伝えした方がいいかと」
「いい判断よ。ありがとう」
ユリアが女生徒の頭を撫でると、少女は紅薔薇の瞳をぱちぱちと瞬きした。
「あ、あの。エーデルさん、どちらへ?」
心配そうにユリアを見つめる女生徒に、ユリアは不敵な笑みを返した。
「取り返しに行くわ。――マルセル様を攫ってもいいのは、私だけよ」