ユリア・エーデル 1 (プロポーズ)
虹色パラダイスのヒロイン、ユリア・エーデルのお話です。
「髪色ごときで文句をつけるなんて暇ですね」
吐き捨てるようにそう言って、鼻で笑う。
ユリア・エーデルを取り囲んでいた女生徒達は、それだけで怯んで一歩後退った。
学園の入学式、その門をくぐった瞬間から囲んでおきながら、何と意気地のない。
「私に用があるの? ないの? さっさとしてくれない?」
畳みかけるように問いかけるが、十人ほどいる女生徒達は互いに顔を見合わせている。
――またか。
ユリアは見せつけるように大袈裟にため息をついた。
ユリアはエーデル男爵令嬢だ。
この時点では、大した価値はない。
だが、自分で言うのもあれだが、容姿に恵まれ過ぎた。
闇を閉じ込めたと形容される黒曜石の瞳に、この世の奇跡を詰め込んだと崇められる虹色の髪。
そして、それらを損なうことのない、美しい顔立ち。
街を歩けば十人中二十人が振り返る、立派な美少女だ。
だが、その麗しい顔は今、すっかり曇っていた。
「入学式に来ただけの一生徒を大人数で取り囲んでまで伝えたいことが、髪色への文句だけなのか聞いているんだけど」
文句があるなら、一人で来い。
それから、もっとましな文句をつけてこい。
暗にそう言うと、じろりと睨みつける。
ユリアの迫力に更に怯んだらしい一行がもう一歩後退った瞬間、暢気な声が耳に届いた。
「やあ、君達」
女生徒の間から現れた少年に、周囲から一斉に黄色い声が上がる。
淡い金髪に青玉の瞳の美少年は、ユリアを一瞥するとにこりと微笑んだ。
ユリアと並んで遜色ない美貌とは、なかなか稀有な存在だ。
もしかすると、この不毛な集まりを解散させるために声をかけたのだろうか。
感心するユリアと黄色い声を上げる女生徒に、少年は語りかけた。
「入学式の会場って、どこかな?」
一瞬、誰もが動きを止めた。
キャーキャーうるさかった女生徒達ですら、言葉を失って笑顔のまま固まっている。
――わざとやっているなら相当したたかだし、本気ならポンコツだ。
ユリアは早々に美少年を評価すると、騒がしい校門を後にした。
入学式で新入生の挨拶をしたのは、例の金髪美少年だった。
どうやら国の王子だったらしいザフィーア・ヘルツは、黄色い声を浴びつつ無難に挨拶をこなしていた。
隣にいた女生徒はザフィーアのことを素敵だとか何とか言っていたが、適当に相槌を打っておく。
ユリアはただでさえ目立つのだから、あんな国中で一番目立つような人物とはお近づきになりたくない。
同級生とはいえもう関わることもないだろうから、安心して記憶から抹消した。
入学式を終えると、校内を散歩することにした。
式典が終わったばかりで、校門付近が混雑しているからだ。
人が集まると、ユリアの虹の髪は目立つ。
面倒臭いことは避けられるならそれに越したことはないし、これから通う学園内を知るのにもちょうどいい。
ウロウロと歩き回って廊下の角を曲がった途端、何かにぶつかった。
周囲には本が散らばり、しりもちをついたまま顔を押さえた男子生徒がいる。
どうやら、本を運ぶ男性とぶつかったらしい。
「ごめんなさい、不注意だったわ」
一応謝罪はするものの、若干納得がいかない。
ユリアが廊下に倒れこむのならまだしも、逆ではないか。
男なら弾き飛ばすくらいしてみろと思うが、長年の懸想対策の末にかなり体力をつけたユリア相手では分が悪いのかもしれない。
「いえ、こちらこそ。前が見えなかったもので」
ユリアを見もせずに本を拾う黒髪の少年を手伝おうと、紫と金の背表紙の本に手を伸ばす。
「それ、触らないでください。順番があるんです」
「あ、そう? じゃあ、私は行くわね」
「はい。校内にはまだ人も多いので、気を付けて」
言葉こそ丁寧だが、やはりユリアを一瞥もせずに本を集めている。
離れてはみたものの少し気になって振り返ると、立ち上がってよろよろと本を運ぶところだった。
あの様子では、ぶつからなくても普通に転んでいただろう。
「……貧弱で、情けないわ」
今日は碌な男に出会わないな、と思いつつ帰宅しようと歩き出す。
もっとも、ユリアの人生で『まとも』な男性になど、ほとんど出会ったことはないけれど。
「……まあ、予想通りね」
学園生活が始まると、男共はユリアに群がった。
見渡してもユリアに匹敵するような美少女はほぼいないので、仕方がないとも言える。
だが、いくら美しくてもユリアは男爵令嬢でしかない。
身分云々の理由でかなり厳しめの視線を浴びていたが、こちらが気にしなければ特に意味がない。
大体、睨むだけって何だ。
そんなもので、何のダメージを与えられると思っているのだ。
ユリアに害を与えたいというのなら、集団で剣を振り回してやって来いと言いたい。
まったく甘く見られたものである。
それに、男共も何がしたいのかわからない。
ユリアを口説くのなら、もっと気の利いた言葉を言ってほしい。
こちらは幼少のみぎりから、老若男女に口説かれ、褒め称えられ、それを振り切ってきたのだ。
今さら『可愛い』程度の言葉では、睫毛一本すらも動かない。
本当に、甘く見られたものである。
結局は男女両方の視線を独り占め状態のユリアは、今日もため息をついた。