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エルナ・ノイマン 5 

 夕食後、エルナの部屋に迎えに来たレオンハルトと共に庭に向かうと、そこには既にゾフィとフランツの姿があった。

 二人共、侍女と執事見習いとしての格好ではなく、動きやすそうな服装に着替えている。

 見慣れない姿に剣を佩いているだけで、何だか別人のように見えた。


「――エルナ様? レオンハルト様、どういうことですか?」

 早々に気付かれてフランツに問いただされるが、レオンハルトは笑顔のまま事情を説明する。



「……なるほど。確かに、エルナ様から見れば我々は実力不明ですね。いざという時に頼っていただけないのも困ります」

「うん。ということで、ちょっと二人の稽古を覗かせてもらうよ」

「かしこまりました」

 活き活きとしたゾフィに比べて、フランツは表情に不満が見て取れる。


「嫌なら、俺が相手して見せるけれど」

「いけません。万が一にも剣の破片が飛んでいくと危険です。おやめください」

 フランツはどうやらエルナを心配してくれているようだが、何故剣が破損する前提なのかはわからない。


「……仕方ありませんね」

「今日こそは、勝ちます」


 剣を抜くフランツを見て、ゾフィが不敵な笑みを浮かべる。

 何の合図もなく始まった打ち合い。

 日本のテレビで見たフェンシングの試合のように、一瞬剣先が触れては離れる。

 まるで気の短いメトロノームのような速さだ。


「動きは、見える?」

「見えなくはないのですが、どちらが優勢なのかまではよくわかりません」

 正直に伝えると、レオンハルトはうなずいて二人の方を指さす。


「なら、表情を見てごらん」

 言われた通りに二人の顔を注意して見てみると、ゾフィは真剣そのものだが、フランツは無表情だ。

 レオンハルトによればフランツの方が強いのだろうから、これはまだ余裕があるということだろうか。



「……フランツ、ゾフィ、いるか? 寮で夕飯を食べ損ねたから何か――」

 ふらりと庭にやって来たテオドールは、状況を見た瞬間に電光石火の勢いで踵を返した。


「――帰る」


「用事があったんだろう? ちょうどいい」

 いつの間にかテオドールの襟首をつかんでいるレオンハルトは、目を合わせようとしない弟に笑顔を向けた。


「ない。気のせいだ。うっかりしていた。戻らないと!」

「エルナに実力を知っておいてもらった方が、今後、役立つかと思って。テオドールも参加してくれるかな」

 テオドールは必死に離れようとするが、レオンハルトが襟首を持っているので首が締まりかけている。


「いや。俺、もの凄く忙しいから。――そう、殿下に呼ばれている気がする!」

「大丈夫、気の迷いからの空耳だよ」

 手を離すと反動で地面に手をつきそうになったテオドールに、レオンハルトは笑顔で剣を渡す。

 これ以上ないくらい嫌そうな顔で、テオドールはそれを渋々受け取った。



「でもレオン兄様。実力と言われても、どうやって見ればいいのかわからないのですが」

「なら、簡単に見分けられる方法にしようか」

「そんなものがあるのですか?」


 レオンハルトは手近な小石を三つ拾うと、素早くそれを投げた。

 たぶん、投げた……と思う。

 次の瞬間に、何かが金属に当たる音が響く。


 フランツは特に変わりない。

 ゾフィは剣を横に構えている。

 テオドールは剣を正面に構えているが、その刃が大きく欠けていた。


「……こんな感じだよ」

 そう言われても、まったくわからない。

「……あの、説明してもらってもいいですか?」

 おずおずとお願いすると、レオンハルトはうなずいた。


「フランツは石を避けた。ゾフィは剣で石を受け流した。テオドールは剣で石を受けた」

 順番に指差して説明されるが、結局よくわからない。

 テオドールが手を痛そうにしているのが見えるくらいだ。


「……ええと、それはつまり。どういうことでしょうか?」

 困惑するエルナを見て、フランツが剣を鞘に戻した。



「レオンハルト様が実力を見分けると言って石を手にした時点で、投げることは予想できました。だから、避けただけです。ゾフィは少し遅れて反応しましたが、剣を使って石の軌道を変え、体にぶつからないようにしました。テオドール様は剣で受け止めたので、刃が欠けています」

 突然の謎の破損の原因は、どうやらレオンハルトだったらしい。


「護衛任務中だとすれば、武器を損なうのは致命的です。この判断はあまり良くないと言えるでしょう。とはいえ、レオンハルト様の投げた石に反応し、剣を使って受け止めることができたという身体能力はかなりのもの。普通の騎士ならただの的です。今後もっと経験を積めば、まだまだ腕を上げることでしょう」

 フランツは説明を終えると、地面に散らばった刃の欠片を集め始めた。


「テオドール、剣を壊したら駄目だよ」

「だったら石を投げるな。レオン兄さんの投げる石は、石じゃない。爆弾と同じだ。折れていないだけ幸運だ」

 注意をしたら反対に文句を言われたレオンハルトは、気にする様子もなくエルナに向き直した。



「まあ、そういうことで。テオドールは近衛騎士になれるくらいには強いよ。ゾフィは筋力的には多少劣るが、騎士としての経験値があるぶん、テオドールよりも強い。フランツは……強いよ。だから、登下校と王宮への移動はゾフィかフランツと一緒にするんだよ」

 そう言う笑顔のレオンハルトがこの中で断トツで強いとわかっているので、言葉の重みが凄い。


「よく、わかりました」


 ノイマン家は思った以上に剣術に汚染されている。

 これに幼少期から慣れてしまったら、確かに、普通の幸せとやらは遠のく。

 エルナはユリアの判断に、心から感謝した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 現役近衛騎士にダメ出しする執事見習い……。(笑) 一応、フォローは入れてありましたけどね。 冷静だし、剣に関してはアレなレオン兄様を諌めたりフォローしているので気付きにくいですが、フランツ…
[一言] 汚染されてたのは剣術に関する常識だったのですね。 この常識持ちが次期領主のノイマン家の兵士たちの実力が怖いです。
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