エルナ・ノイマン 4 (剣の稽古)
本編第四章の後のお話です。
『どちらも、並の騎士よりも使えますので、その点は問題ありません』
送迎の話をした時に、テオドールは当然のようにそう言った。
あれが、エルナにはどうにも腑に落ちない。
ゾフィは元々騎士だったというし、素手でならず者を倒すところも見たことがあるので、まあわかるとしても。
フランツは、どういうことなのだろう。
フランツ・オームは父親がノイマン子爵マルセルの執事で、二代続けてノイマン家に仕えてくれている。
次期当主でありマルセルの代理を務めるレオンハルトの専属だ。
事務的な能力や管理能力は高そうではあるが、剣を持つところなど当然見たことはない。
だが、テオドールがグラナートに嘘をつくとも思えない。
「考えても仕方ありませんね。レオン兄様に聞いてみましょう」
結論が出ると、エルナは自室を出て兄の執務室に向かった。
「……それで、並の騎士よりは使えると聞きました。どういうことなのでしょうか?」
ことの経緯を説明すると、レオンハルトは書類に目を通しながらうなずく。
「俺は並の騎士の方を詳しく知らないけれど。そうだね、テオドールよりは強いよ」
エルナにはテオドールの強さがよくわからない。
だが、聖なる魔力という特殊技術があるとはいえ、秘匿しているはずだ。
その上で近衛騎士になるくらいなのだから、決して弱くはないだろう。
フランツは執事見習いのはずだから、話がおかしい気がする。
「……テオ兄様は、弱いのですか?」
「別に、弱くはないと思うよ。近衛騎士になれるんだから、一般騎士よりは強いだろう」
それは確かにそうなのだが、その流れで行くとフランツの存在がますます理解できなくなる。
「今は経験の差でゾフィが少し上だけれど。筋力差もあるし、じきにテオドールが上になるかな」
エルナは更に混乱した。
思っていたよりもゾフィが強い。
ちょっと怖くなってきたが、まだわからない。
そもそもの基準が曖昧なのだから、そこからしっかりと確認しなければ。
「ゾフィは、普通の騎士と比べてどうなのでしょう」
「んー。詳しくは知らないけれど、現役時代は騎士の中でも一二を争うくらいだったみたいだよ」
……どうしよう、想像以上に強かった。
ゾフィは騎士の中でも一二を争うくらいで。
テオドールはもうじきそれを抜きそうなくらいで。
そのテオドールよりも強いフランツ。
「……フランツって、執事見習いですよね? そもそも、剣を持ったところなんて、見たこともないのですが」
困惑したまま尋ねてみると、レオンハルトが書類から顔を上げた。
「それを言ったら、母さんがアレなのも知らなかっただろう? 母さんの指示で、エルナは剣術に触れないようにされていたからね」
「それ、何故だったんですか? 知りたかったのかと言われれば、よくわかりません。でもわざわざ隠す必要がありますか?」
「エルナは女の子だからね。剣を持てば得る力があるが、失うものもある。アレな母さんだからこそ、娘には普通の幸せを掴んでほしかったらしいよ」
再び書類に目を通し始めたレオンハルトを見つめながら、エルナは納得した。
なるほど。
確かに、母がアレで長兄も結構アレで。
次兄をはじめとして使用人まで剣を使うと知っていたら……普通に暮らせたかは疑問だ。
ノイマン家はエルナが知らなかっただけで、剣術に汚染されている。
「あれ? ということは、私だけが剣を使えないのですか?」
「いや、父さんも使えないよ」
そう言えば、ユリアは『剣も魔力も体術もからっきし駄目』と言っていた。
あれは本当だったのか。
「それにしても、ゾフィの時点で実感が湧かないのに。フランツが剣を持つところなんて、想像できません」
エルナにとってはレオンハルトのそばにいる物静かなお兄さんというイメージだ。
「なら、見てみようか?」
「え?」
「もうエルナに隠す必要もないし、今後フランツが同行することもあるかもしれない。実力を知っておくのは、いいと思うよ」
書類を机に置いたレオンハルトは、そう言ってにこりと微笑んだ。
「夕食後、部屋で待っていて。迎えに行くから」