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王子が血迷ったことを言うので、死にそうです

「エルナ様って、結構アレですね」

 教室に戻りながらリリーが何か呟いていたが、講義が始まるところだったので席についた。


 基本的にしばらくは、座学らしい。

 歴史やら分類やらを習った後に、魔力の強弱や系統を確認し、制御の方法を学ぶという。


「本来は自分に合った系統の魔法を、呪文を使って行使します。ですが、魔力が多い場合や特殊な能力の場合には意図せずに魔力を使ってしまうことがあります。万が一に備え、初めに制御から学ぶのです」


 講師の言葉に、なるほどと納得した。

 貴族令息・令嬢は家庭教師をつけて学ぶことがほとんどなので、学園はこの魔法の講義をするためだけにあるといってもいい。


 だからこそ、素養がなければ通う意味がないので落第となるのだ。

 落第というと言葉の響きは良くないが、実際は1年かそれ以下で終了する者がほとんどなので、全く珍しくも恥ずかしくもないらしい。


 さっさと落第しても家に迷惑はかからないと知って、エルナの心は軽くなった。

 ノイマン子爵家の評判を無駄に下げずに済むのはありがたいことだ。


「……あれ?」


 そういえば、兄二人はどうだったのだろう。

 学園に通うというのは聞いたことがあったが、何年通っていたとか、魔法が使えるのかとか、そのあたりのことは全然知らない。


 魔法にも学園にも興味がなかったし、二人共もともと王都によく行っていたので気にしたことがなかった。


 今度、レオンハルトに聞いてみよう。

 もし魔法を使えるのなら見てみたい。



 ちょっとウキウキしてその日は帰宅したのに、そんな日に限ってレオンハルトは留守だった。

 仕方がないので、刺繍をしよう。


 自室に戻ったエルナの目に、ふと美しい濃い赤の糸が目に留まった。

『グラナートの赤』と呼ばれる糸を見ていると、グラナートの柘榴石(ガーネット)の瞳を思い出す。


「遠くから見ているぶんには、いいのですが」


 リリーと並べば、まさに眼福。

 さっさと上手くいってほしいものである。

 

 だが、そのためにはあれやこれやのイベントがあるのだろう。

 面倒くさいので関わりたくないが、リリーと何故か親しくなってしまったので無関係ではいられそうにない。


 リリーが刺繍ハンカチを喜んでくれたのは嬉しかったし、彼女自身は悪い子ではない。

 今更無視して関わらないというのは無理だった。


「……あの虹色グラデーションの花、なかなか可愛らしかったですね。少し色味を変えて私のぶんも作ってみましょう」

 糸を並べて選んでいると、モヤモヤとした心が少し晴れてくる。


「この綺麗な色のように、嫌なことを吹き飛ばしてくれるといいのですが」

 呟きながら糸を取ると、エルナは黙々と刺繍を始めた。




「エルナ、リリー、おはよう」


 わざわざ見て確認するまでもない。

 だから振り返らない。


 教科書を熱心に読んでいるので、聞こえません。

 話しかけても気付きません。


 隣のリリーが、それは無理ですという顔をしているが、気にしたら負けだ。

 そうしてやり過ごそうとしていると、突然教科書が取り上げられた。


「おはよう、エルナ」

 正面に立ったテオが教科書を持ち上げて、にこりと笑った。


「……おはようございます」


 ……今度家で会ったらどうしてやろうか、この愚兄。

 不機嫌を隠さずに挨拶を返すが、テオは気にしていないようだった。



「おはようございます、エルナさん、リリーさん」

「おはようございます、殿下」

「おはようございます」


 グラナートが微笑んでいるのは、やはり麗しいリリーと話をできるからだろう。

 挨拶を交わす美貌の二人に、さっさとくっつけ、と陰ながらエールを送る。


「座学が終わったら、魔力確認の授業がありますよね?」

「は、はい」

 グラナートの突然の質問に、エルナはうなずく。


 講義がいち段落したら、魔力の確認があるという。魔力の大まかな強弱や系統を調べるものらしい。


 二人一組で手をつないで、特別な魔鉱石に触れながら互いの名前を呼ぶと、それがわかると先生は説明していた。


 二人で行うのは、魔力が多かった場合に魔鉱石や周囲の生徒に影響が出ないようにするためで、どうやらもう一人は日本の家電でいうところのアースの役割を果たすそうだ。

 グラナートも聞いただろうに、何故わざわざ授業の内容をエルナに聞いてくるのだろう。


 疑問に思っていると、グラナートは絵に描いたような美しい表情のまま、恐ろしいことを口にした。


「エルナさん。僕のパートナーになってくれませんか?」


「――は?」

 リリーの間違いではないだろうか。

 何の冗談かと思ったが、真剣な瞳を見る限り、間違いではなく、どうやら本気らしい。


 血の気が引くとはこういうことだと実感した瞬間に、エルナは思い切り首を振っていた。



「いえいえいえ!」


 何を血迷ったことを言い出すのだろう。

 挨拶を交わしただけで目をつけられているのだ。


 これで二人一組のパートナーで手をつないでみたらどうなるか、火を見るより明らかではないか。

 エルナを殺したいのだとしても、もう少しまともな方法でお願いしたい。


 だが、よく考えたら王子の誘いを断るというのは不敬なのではないか。

 学園追放なら願ったりかなったりだが、家に迷惑がかかるのは困る。


「リ、リリーさんとパートナーになると、約束してありますので!」

 突然話を振られたリリーは、驚いただろうに上手く表情に出さずに微笑んでうなずいた。


「私、平民なので誰もパートナーになってくれないと悩んでいたのですが、エルナ様が快諾してくださって」

「そうですか。先約があっては、邪魔をするのも失礼ですね」


 リリーの機転のおかげで無事にこの恐ろしい話が終わる。

 もともと眩い美少女だったリリーが、さらに輝く救いの女神に見えた。

 厄介事しか運んで来ないグラナートとテオが立ち去り、エルナは深い深いため息をついた。



「リリーさん、本当にありがとうございます。助かりました。死ぬところでした」

「いえ。パートナーになってくれる人がいないのは、本当のことですから」


 微笑むリリーはまさに女神であり天使であり……とにかく、尊い。

 どうか、幸せになってほしいと心から願うばかりである。


「あ! でも、これだとリリーさんと殿下がパートナーになれないですね」


 命の危険を感じて慌ててしまったが、これは失敗だった。

 二人で手をつなぐなんて、絶対に乙女ゲームの恋愛イベントだろうに。

 幸せを願うそばから、リリーのロマンスを遠ざけてしまうとは。


「私と殿下ですか?」

 不思議そうに首を傾げる様も愛らしいが、今は罪悪感から目を背けてしまう。


「いえ、気にしないでください」


 この様子だと、まだ好感度が低いのかもしれない。

 魔力確認の授業は先のことなので、それまでに是非頑張ってほしい。


 いざラブラブイベントの下準備ができた時には、リリーのパートナーの座を喜んでグラナートに譲ろう。


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