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番外編 ペルレ・ザクレス 2

「王太子妃候補に用があるのでしょう? 私が、エルナ・ノイマンです。この二人は関係ありません。行かせてください」


 灰色の髪に水宝玉(アクアマリン)の瞳の少女は、まっすぐに前を見つめてそう言った。

 その言葉に、ペルレは慌ててエルナの元に駆け寄る。


「駄目ですわ」

 エルナの腕を掴んで、諭す。

 男達の目的は、王太子妃候補であるエルナのはず。

 彼女が残るのは愚策だ。


「……全員捕まってはいけません。外に出られたら、助けを呼んでください」

 小声でそう言われ、ペルレは言葉を飲み込む。


 王太子妃候補であるエルナがここに残るのは、愚かだ。

 だが、彼女が逃げれば男達は必ず追ってくる。

 健脚らしいエルナ一人ならばともかく、ペルレとアデリナまでいては必ず捕まるだろう。


 アデリナは公爵令嬢、ペルレは王女で公爵。

 現状ただの子爵令嬢であるエルナに比べて、手を出すには覚悟がいるだろう。

 だからこそ、逃げられる可能性があるのかもしれない。


「いいだろう。用があるのは王太子妃候補だけだ」


 ペルレの考えを裏付ける言葉を聞いて、やはり王家や公爵家に直接たてつくことは避けたいらしいと察する。

 ならば、ペルレは持っているものを最大限に使って、ここを脱するべきだ。

 そうして、助けを呼びに行かなければ。

 納得がいかない様子のアデリナを引きずるようにして、庭を離れる。




 エルナには、強い魔力がある。


 清めのハンカチを作った『グリュック』だということを知ったが、今回の騒ぎで彼女の魔力がよくわかった。

 ペルレ達に触れようとした男を睨みつけたエルナからは、陽炎のように魔力が生じるのが見えた。

 どうやらペルレが王族だから視認できたらしく、アデリナには見えていなかったらしい。

 だが、矛先となった男は冷や汗をかいて動けずにいた。

 アロイスが現れなかったら、あのまま男は倒れていたのかもしれない。


 刺繍をしたハンカチもそうだ。

 白い糸でこんもりと立体的に描かれた花からは、清浄な魔力が溢れている。

 ペルレが見ても一目瞭然なのだから、グラナートには夜空に花火を打ち上げたようにはっきりと見えるはずだ。


 護身用なのかもしれないが、同時に目印にもなる。

 グラナートならばこの魔力を見つけることができるだろう。

 弟もまた、破格の魔力持ちなのだから。


 だが問題は、時間と距離だ。

 たとえグラナートが気付いても、正確な位置の特定は難しいだろう。

 それに、探して移動している間に時間が経ってしまう。

 だからこそ、急いで助けを呼びに行かなければならない。



 ……もしもペルレが剣を学んでいたら、こんな時に逃げるのではなく、戦えたのに。


 王女でなければ。

 女でなければ。

 力があれば。


 こみ上げる悔しさを振り払うように、頭を振った。



 ********



 裏口に馬車はあった。

 そして、その前には六人の男達もいた。


 縛り上げられて地面に倒れている男が、アロイスの仲間なのだろう。

 予想通りではある。

 結局、あのホルガ―とかいう男はペルレ達を捕らえられる自信があるから、見逃したのだろう。



「……どういたしましょうか」

 アデリナが不安そうに呟く。

 彼女はいわゆる生粋の深窓の御令嬢なのだから、さぞや怖い思いをしているだろう。


 ペルレは生まれこそ王族だが、各種トレーニングをこなし、あの時以来毎年剣術大会も欠かさずに観戦している。

 騎士の訓練も王女の身分を活かして、激励という形で散々見学している。

 剣を持つ男を見たくらいでは、そこまでの恐怖はない。


「隠れていても、見つかりますし、エルナさんのためにも早く助けを呼ばなければいけません。行きましょう」

「ですが」

「彼らは王家に反旗を翻しているわけではありません。わたくし達を捕らえるとしても、危害を加える気はないはずです。どうにか馬車に乗って外に出られれば、道はきっとあります」




「やっと来たか、お嬢様方。……一人、足りないな」

 裏口にいるこの男達は、エルナが王太子妃候補だとは知らない。

 だが、それを律儀に教えてやる義理はない。

 ペルレは王女人生の粋を集めて、威厳ある態度を取るよう努める。


「――裏口の馬車というのは、こちら?」

「残念だが、これに乗ってもらうわけにはいかない」

「わたくし達二人に馬車に乗れと言ったのは、あなた方ですわ。連絡くらい、正しくしてくださいませ」

 いかにも不愉快そうに言えば、男達の眉が顰められる。


「馬車に乗れと……?」

「あなた方の都合でしょう? 早くしてくださらない? わたくし、疲れましたわ」

 さも当然という態度に、男達に動揺が走る。

 彼らの中では、アロイスに連れられた三人の脱走を阻む役割のはずだろうから、当然だ。


「本当に、そう言われたのか」

「何故、わたくしが嘘を言わなければいけませんの?」

 詳細は言わない。

 言えないのだが、それを悟られてはいけない。

 男達は顔を突き合わせて何やら相談している。


「……俺が確認してくる。おまえ達は二人を見張っていろ」

 男の一人がそう言って馬車から離れて庭の奥へと入っていく。

 これで、残りは五人。

 縛られているアロイスの仲間は二人。

 どうにか彼らを解放すれば、何とかなるだろうか。


 その時、ペルレの背後の庭から、大きな物音が聞こえた。

 まだ何もできていないのに、もう戻って来たのだろうか。

 冷や汗をかきながら振り返るのと、ペルレの横に何かが吹き飛んでくるのは同時だった。

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