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話を聞きましょう

 まっすぐにグラナートを見つめて、アロイスが訴える。

 最初から彼は、自分は死んでも良いと言っていた。

 こうなることは覚悟していたのだろうが、フォルツ子爵の言葉は想定外だったのかもしれない。


「殿下」


 思わず声をかけてから、これは良くないのだろうかと不安になる。

 王太子自らが取り調べや断罪する場面なら、エルナが口を出すのはお門違いなのかもしれない。

 だが、それでもこのままアロイスが極刑に処されるのだとしたら、それはどうしても納得がいかなかった。


「アロイス様は最初から私達に一切の暴力も暴言もありません。閉じ込められた部屋もお茶やお菓子に()()()()まで揃えてありましたし、見張りはいましたが拘束もされていません。彼は領地の状態を伝えてほしいだけでした。……もちろん、正しい方法ではありませんから、罰は必要なのでしょう。でも、正しい方法では届かなくて、追い詰められてのことだと思います。彼は最初から自分は死んでも良いから、領民を助けたいと言っていました。あの屋敷から逃がそうとしてくれました。正しくないのは、声を阻んだ者と、声が届かない仕組みも同じです。彼らだけを重罪にするのは、おかしいと思います」



 エルナの訴えを表情を変えずに聞いていたグラナートが、小さく息をつく。

「今回はたまたま、生きて戻れました。だが、最悪の場合には王太子妃候補、ザクレス公爵、ミーゼス公爵令嬢の誘拐致死の可能性もあったのです。これは、もはや彼一人の命で贖えるような罪ではない。まして、彼は領主であるフォルツ子爵に無断で行動を起こしました。それは同時に、フォルツ子爵の監督不行き届きという罪でもあります」

 自分一人では贖えぬという言葉に、アロイスの血の気がさっと引いていく。


「でも、私は生きています。無事です」

「怪我をしたでしょう?」

「治してもらったので、もう元気です」

「ですが」

「それに、殿下に探してもらえたのは、アロイス様が用意してくれた()()のおかげです」

「それは」


「――殿下」

 エルナはその場で膝をついてグラナートを見上げる。

 作法はわからないが、せめてエルナの気持ちを伝えたかった。


「どうか、寛大なご判断をお願いいたします」


 柘榴石(ガーネット)の瞳が、じっとエルナを見つめる。

 視線を逸らせば負ける気がして、エルナも必死に見つめ返す。

 沈黙の後、グラナートはため息と共にエルナに手を差し伸べた。

 躊躇しつつも手を重ねると、その手を引かれて立たされ、グラナートに肩を抱かれる。


「殿下?」

 事態が呑み込めずに見上げてみると、優しい眼差しを落とされた。

「……後で、話をしましょう」

「え?」


 エルナの疑問には答えず、そのままアロイスとフォルツ子爵に視線を戻すと、既にグラナートは王太子としての顔に戻っていた。

「……入れてください」



 グラナートが指示すると、扉が開くとともに壮年の貴族男性とシャルロッテが騎士に付き添われながら入って来た。


「――殿下!」

 シャルロッテはグラナートに気付くと、顔を綻ばせ駆け寄ろうと足を出す。

 すぐさま騎士に取り押さえられて動けなくなると、その怒りを騎士にぶつけた。


「放しなさい、無礼ですわ。わたくしを誰だと思っていますの」

 表情を変えない騎士に苛立ちつつも、シャルロッテは再び正面を見つめる。

「殿下、わたくしは」


「――殿下の御前だ。誰の許可を得て話している」

 テオドールの低い声に一瞬怯むものの、何か言おうと口を開きかけたシャルロッテを、男性貴族が手で制した。


「シャルロッテ、近衛騎士殿の言う通りだ。控えなさい」

「……わかりましたわ、お父様」

 父ということは、この男性がグルーバー侯爵か。

 一見知的で物静かだが、この人が書状を握りつぶした張本人ということだ。



「……グルーバー侯爵。鉱山で流行病が広がっているそうですね。随分と報告が遅いようですが、何か理由があるのですか」

「おそれながら、王太子殿下は何か勘違いをなさっていると思われます」

「勘違い、ですか」

 グルーバー侯爵は恭しく一礼すると、グラナートを見上げた。


「そこのフォルツ子爵が何を申し上げたかは存じませんが、我々は医療体制を整えている途中でした。抗夫に休息を与えたいのも山々でしたが、国の定めた産出量を破るわけにもまいりません。苦渋の選択で、彼らには働いてもらっていたのです」


 グルーバー侯爵の言葉を聞いても、フォルツ子爵は表情を動かさない。

 代わりに、アロイスは驚愕の後に怒りのこもった視線を投げつけている。

 この様子を見る限り、グルーバー侯爵が嘘をついているのだろう。


「フォルツ子爵側の書状を妨害したことは」

「まさか。そのようなこと、するはずもございません」

「では、今すぐに鉱山を一時閉山し、抗夫達に十分な休息と医療を与えられますか」

 一時閉山という言葉に、グルーバー侯爵の顔が強張る。


「それは……。殿下はご存知ないかもしれませんが、鉱山はおいそれと閉山できるものではありませんので、難しいかと」

 へりくだっているようで馬鹿にしたような物言いに、何となくエルナまで不愉快になる。

 この様子を見る限り、グルーバー侯爵は何ひとつ反省などしていないのだろう。

 グラナートは一切表情を変えないまま、視線をフォルツ子爵に移した。



「……では、フォルツ子爵。鉱山を一時閉山できますか」

「はい。殿下の許可をいただけるのでしたら、すぐにでもすべての作業を止め、閉山いたします」


「その間、抗夫は仕事ができませんから、給金を失いますね。フォルツにも経済的な打撃となるはずです。それに、爵位と領地を返還したら、補償する財源も名目もなくなりますが」


「流行病が終息するまでは、私の指示での休息です。最低限にはなりますが、給金は我が家で補償します。もちろん、収入がなくなるのは辛いところですが、領民を失ってしまっては元も子もありません。幸いにも多少の蓄えはありますので、何とかいたします。これは今まで領主であった責任であり、次の領主に引き継ぐためにも、必要な措置だと考えます」


「……なるほど」

 グラナートはため息をつくと、グルーバー侯爵とフォルツ子爵を交互に見る。

 心配になって思わずグラナートの上着の裾を握ると、優しい微笑みを返してくれた。



「グルーバー侯爵令嬢、あなたは私の妃候補の一人に名を連ねていたことがありますね」

「は、はい! 今でも、わたくしは」

「ならば、王太子妃が何をするべきで、何をしてはいけないかも……わかりますね」

 シャルロッテの返答を遮って話すグラナートの声が、硬い。

 それに気付いていないらしいシャルロッテは、笑顔でグラナートを見つめている。


「もちろんですわ。わたくしは、独自に王妃教育に準ずるものを学んでおります。どこぞの子爵令嬢と違って、すぐにでも殿下のお役に立って見せますわ」

 エルナを睨みつけると、シャルロッテは堂々と胸を張った。


「……では、お願いしましょうか」

「――はい!」

 満面の笑みを浮かべるシャルロッテに、グラナートは目を細めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] さて言質が取れました。何をやらされても拒否できませんね。
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