颯爽としたらしいです
「レオン兄様、心配をおかけしました」
「エルナが攫われた、とテオドールから連絡があった時には驚いたよ。そのまま同行したけれど、俺が見た時にはもう意識を失って運ばれるところだったからね。心配だったよ。それで、王宮で治癒魔法の使い手を呼ぶと言うから、一緒について来たんだ」
レオンハルトはエルナを抱く腕を緩めると、優しく頭を撫でた。
「ついて来た、は良いのですが。舞踏会に招待されていないのに、会場にいても大丈夫でしょうか?」
立場で言えば、レオンハルトは田舎の子爵の代理でしかない。
王太子妃候補のエルナの兄ということで何とかなるかもしれないが、今回は隣国の王太子を招いた舞踏会だ。
勝手に招待客を増やして良いものとは思えない。
「いえ、わたくしが招待したことにしてあります」
エルナの不安な様子を見て、ペルレが微笑む。
「王太子の姉でザクレス公爵のわたくしが招待したのですから、グラナートか陛下でもなければ文句は言えませんわ」
「御助力いただき、感謝いたします」
美しい礼をするレオンハルトに、ペルレも優雅な微笑みを返す。
エルナの知らない子爵代理としての兄を垣間見たような気がした。
これが大人の社交か、とエルナは感心する。
ペルレのような優雅な対応が最終目標ならば、まだまだ道のりは遠そうだ。
「裏口に向かったわたくし達を颯爽と助けてくださったのが、レオンハルトさんなのです」
「たしかに、もう、颯爽と……」
楽し気に報告するペルレと違い、アデリナは何か口を濁している。
たぶん、颯爽と敵が吹っ飛んだはずだ。
高貴な御令嬢には刺激が強かっただろう。
「本来なら裏にも相応の人手を割くべきでした。ですが、レオンハルトさんが協力してくれるというので、裏は最小限の人数にして全員をとらえることが出来ました」
どうやら、グラナート達は少数であの屋敷に乗り込んだらしい。
何よりも救出の速度を重視したためだが、人数が少なければ戦力としては弱くなる。
それを、レオンハルトが一気に補ったらしい。
一騎当千という言葉があるが、まさしくレオンハルトがそれなのだろう。
「あれから騎士達が剣豪・瑠璃ってうるさいんだよ」
テオドールが愚痴をこぼすのを見て、レオンハルトが苦笑する。
「テオドールが裏に来ると知っていたら、良いところは残しておいたのに」
「何だよ、良いところって」
「ミーゼス公爵令嬢に、少しは男らしいところを見せたいのかと思って」
その言葉に、テオドールとアデリナの頬が朱に染まる。
「お、俺は殿下の護衛だぞ。裏に行ったのは、表が落ち着いたからで……大体、良いところを残すってなんだよ、どうする気だ?」
長兄の提案を否定しつつも気になるらしい次兄を見て、ちょっと可愛いと思ってしまう。
だが、次のレオンハルトの言葉で、ほんわかとした気持ちも吹っ飛んだ。
「男の一人に、ミーゼス公爵令嬢に剣が触れないギリギリのところで待ってもらおうかと。で、テオドールが来たら、それこそ颯爽と倒すといいよ」
「……あちらが協力するとは、思えませんが」
さすがの優雅なペルレですら、少し引いている。
それに気付いているのかいないのか、エルナには判断がつかない。
大体、そんな状態で待たされるアデリナが不憫すぎる。
「なに。死ねず、逃げられない、動けない状態でなら、待っていてくれるだろう?」
邪気のない綺麗な笑顔に、皆一様に顔を引きつらせている。
「……それ、どういう状態ですか?」
「聞くな。考えるな。おまえはああなるな」
好奇心が勝ったエルナが尋ねてみると、テオドールが慌ててその耳を手で覆った。
「……俺、間に合わなくて良かったよ。女性に見せるものじゃない」
エルナから手を離すと、テオドールはげんなりした様子で肩を落とした。
「兄上がずっと、逸材だ、欲しいと言っていましたが。……なるほど」
グラナートは顔を引きつらせつつ、何かに納得している。
そこに、騎士と思われる男性がやってきて、テオドールに何やら耳打ちをした。
「殿下」
「わかりました」
言わずとも意思疎通しているらしい。
グラナートはうなずくと、エルナに手を差し伸べた。
「エルナさん、一緒に来てください」
招待客に挨拶でもするのだろうかと思いつつ、グラナートに手を引かれるまま会場を出ると、小さな部屋に通される。
こんな部屋に誰がいるのだろう。
ちらりと見れば、テオドールが神妙な様子で後ろをついてくるのが見える。
どうやら、楽しいことではなさそうだ。
扉の前には二人の騎士が立っており、扉が開くとそこには跪いて頭を垂れる金髪の男性二人の姿があった。
「……アロイス様、ですか?」
グラナートを見ると、うなずいて肯定された。
「フォルツ子爵、アロイス・フォルツ。顔を上げてください」
「はっ」
短い返事と共に、二人が頭を上げる。
やはり、アロイスだ。
もう一人はフォルツ子爵と呼ばれているのだから、彼の父親だと思われる。
このタイミングで王宮にいるのだから、ブルート王太子を迎えての舞踏会に参加していたのだろう。
何にしても、アロイスに大きな怪我がなさそうなことに安堵した。
「あなたがしたことは、たとえ領民のための直訴だとしても、許されるものではない。それは、理解していますね?」
グラナートの言葉に、フォルツ子爵が頭を下げる。
「この度は、愚息の行動により、皆様に多大なご迷惑をおかけいたしました。せっかく殿下にお目通りがかなったというのに、まんまと乗せられてこんな馬鹿をしでかすとは情けない。しかし、息子の不始末は、私の監督不行き届きゆえ。謝罪してすむものではありませんが、心からお詫び申し上げます。罪を償えるとも思えませんが、爵位の返上、鉱山を含む領地すべての返上を考えております」
フォルツ子爵の言葉に、アロイスの顔色が悪くなるのがわかった。
「王太子妃候補の誘拐。結果的には公爵と公爵令嬢の誘拐でもありますが、重罪であることは承知しております。申し開きもありません。ただ、これはフォルツ子爵はあずかり知らぬこと。どうか、罰は私一人に収めていただきたいのです。投獄でも死罪でもすべて受け入れます」