令嬢達に囲まれました
守りますという宣言通り、エルナが登校するとすぐにリリーが隣にやってきた。
「おはようございます、エルナ様。今日は魔法の講義が始まりますね」
そうなのだ。雑事に忙しくて忘れていたが、この学園にいる意味は魔法の素養を見極めること。
まず基本的なことを教えてから、実践にステップアップするらしい。
さっさと落第したい。
だが、ちゃんと勉強するとレオンハルトと約束した以上、授業を欠席するというような強硬策はとれなかった。
「講義が難しくてついていけないといいのですが」
「エルナは不思議なことを言っているな」
突然背後からかけられた声に、一瞬体が硬直する。
……まさか。でも、この声は。
リリーと共に恐る恐る振り返ると、そこにはやはり紅の髪があった。
「おはよう、エルナ。隣の子は友達かい?」
「お……はよう、ございます、テオさん」
何故、話しかけてくるのだろう。
レオンハルトの話が伝わっていないのか、テオドールの理解力が足りないのか。
もはや、嫌がらせされている気分である。
「……リリー・キールと申します」
「ああ、どこかで見たと思ったら。入学式で殿下に突っ込んできた子か」
ねえ、と楽し気なテオは、遅れて隣に来た淡い金髪の美少年に尋ねる。
「そ、その節は大変失礼しました」
「リリーさんと言うんですね。大丈夫ですよ、気にしないでください」
謝罪するリリーとそれを聞くグラナートを見て、エルナはハッとする。
これはもしかして、リリーとグラナートが名前を知って、親しくなるイベントかもしれない。
だとすると、このためにテオに話しかけられ、令嬢に目を付けられ、リリーが行動を共にしたのかもしれない。
エルナにとってはただ迷惑なだけだが、二人が親しくなるのなら、これでお役御免になるだろうか。
さっぱり話が伝わっていないテオの行動の疑問が解け、少しの希望が見えてきた。
「おはようございます、エルナさん」
「え? お、おはようございます、殿下」
まさか声をかけられるとは思っていなかったので、動揺が声に現れる。
エルナに挨拶なんてしていないで、リリーともっと話せばいいのに。
だが、そこで何故かグラナートが小さく首を傾げた。
「……なんだ。グラナートさんと、呼んでくれないんですか?」
さすがの美少年、首を傾げるだけでも絵になると感心していると、とんでもないことを言い出した。
――呼ぶわけがない。死にたくない。
「ああっ! そういえば先生に呼ばれていました。ねえ、リリーさん!」
「え? あ、はい。はい、そうですね!」
それでは失礼いたします、とリリーと二人で逃げるように教室を飛び出した。
話が一向に通じていないテオには怒りを感じる。
だが、意味の分からないことを言うグラナートには恐怖さえ感じる。
平穏な学園生活が、また一歩遠のいた気がした。
「甘く見ていました。なかなか話を切り上げづらいですね」
空いている教室に駆け込むと、リリーがため息をついた。
「いっそ、悪口や嫌味ならあしらいやすいのですが」
またヒロインらしからぬことを言っているが、確かに一理ある。
テオはただ挨拶しているだけだし、王子を無視するわけにもいかないのだ。
……話の途中で、逃げてきたけれど。
「何故、話しかけてくるのでしょう。意味がわかりません」
思わず愚痴がこぼれるのも仕方がない。
リリーとのラブラブイベントのためだとしても、これが毎日では身がもたない。
「え? それは多分」
「……こんなところに、いらしたのね」
教室の扉が開く音と共に、聞きなれない声。
見れば、令嬢が六人ほど教室に入ってくるところだった。
最後尾の令嬢が扉を閉めると令嬢達が入り口を塞いでいるので出られないし、外から様子も見えづらいだろう。
ちょっとした密室のようなものだ。
となれば、これはやはり、あれだろうか。
「あなた達、あまり調子に乗らないほうがよろしくてよ」
リーダー格らしい少女が吐き捨てるように言うと、追随する声が上がる。
「殿下が優しいからと、厚かましくも挨拶するなんて」
「殿下とテオ様のご迷惑だと、わからないのかしら」
「これだから、平民や田舎貴族は」
これでもかというありきたりな言葉に、逆にエルナの心に安心が生まれる。
話が通じないテオや、何を考えているのかわからない王子より余程共感できる。
何なら、好感すら生まれている気がする。
思わず微笑みながら聞いてしまう。
気分は子供の学芸会を見守る母親のようなものだ。
「あなた、聞いていますの!」
「あ、はい。おおよそ聞いています」
「おおよそって」
「要するに近づくな、話すな、関わるな、ですよね? 問題ありません。ありがたい限りです。どうぞこれからは、あなた方が殿下に話しかけてください。田舎貴族が近付かないように、協力よろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げると、リリーの手を引いて出口に向かう。
呆気にとられた令嬢達が道を開ける中、リーダー格の少女が背後から叫んだ。
「ミーゼス公爵令嬢をご存知?」
質問されたので立ち止まるが、あいにくその名前は知らなかった。
「いいえ」
すると、少女は勝ち誇ったように胸を張った。
「グラナート殿下の婚約者候補筆頭と言われる方ですわ。あなた方とは家格が違いましてよ」
「はあ、そうですか」
その女性が悪役令嬢ならば、リリーとひと悶着あるのか。
避けたいし関わりたくない。
面倒くさい。
せめて王子とテオだけでも、このリーダー格の……略してリーダーでいいか。
リーダー達が相手をしてくれたらいいのに。
「そういえば、殿下はやたらと『グラナートさん』と呼ばれたがっていましたよ。王子ゆえの願望ですかね。私には無理ですけど、皆さん是非呼んで差し上げてください」
そして、あなた達だけで仲良く過ごしていてください。
こちらに来ないようにしてください。
「ええっ?」
困惑する令嬢達を尻目に、エルナとリリーは教室を後にした。
本当に、今日はなんて疲れる日なのだろうか。









