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嘘ですよね

 エルナのために用意されたドレスは、淡い黄色のドレスだ。


 ドレープがたっぷりとした作りで、それを留めているのは沢山の薔薇の飾り。

 深赤色の布で作られた薔薇はドレスだけではなく、エルナの髪にも散りばめられている。

 まるで春の野に咲き乱れる薔薇の園のようなドレスは、大変に華やかだ。

 リリーは複雑に結い上げた髪に大きな薔薇を、垂らした髪に小さな薔薇を楽しそうにつけていた。


「もっと薔薇をつけても良いですか?」

「構いませんけれど。私の地味顔には、華やかすぎませんか?」


 待っている身としては、暇なので鏡の中でリリーが頑張る姿を見ているだけだ。

 笑顔で髪をいじる美少女が可愛らしいので、見飽きることはない。

 思ったことを言っただけなのだが、突然リリーの動きが止まった。


「エルナ様? まさかとは思いますが……気付いていますよね?」

「気付く?」

「はい。ドレスと薔薇です」


 何を言いたいのかよくわからず首を傾げると、リリーが麗しい眉を少しばかり顰めた。

 ということは、何かあるのか。

 エルナは自身が身にまとうドレスを、じっと見てみる。


 淡い黄色のドレスは、レースもすべて同色で揃えられているので、そこまで甘すぎない。

 薔薇も落ち着いた深赤色で、薔薇にしては少しばかり暗めの色だ。

 まるで、グラナートの柘榴石(ガーネット)の瞳のような……。



「……嘘」

 まさかと思いながら、もう一度ドレスを見下ろす。


 淡い黄色のドレスだ。

 グラナートの金髪を思わせる、淡い黄色。

 そして、薔薇は柘榴石(ガーネット)の瞳に似た深赤色。


「嘘ですよね?」

「殿下のお色ですね」

「そんな!」

 あっさりと希望を打ち砕くリリーの笑顔を見て、エルナに衝撃が走る。


「エルナ様が選んだのでは?」

「まさか! ドレスは用意するからと言われて。一度仮縫いで見ましたけど、まさかそんなことに。……違うドレスを着るわけには……」

「いきませんね」

 きっぱりとリリーに否定されるが、諦められない。


「だって、まだ王太子妃でもないのに、どんな浮かれた姿ですか。せめて、薔薇を外しましょう。そうしましょう」

 慌てて髪につけた薔薇をむしり取ろうとすると、その手を押さえるように白い手が重ねられる。


「……私が一生懸命結った髪。駄目でしたか?」

 上目遣い、潤んだ瞳、首を傾げて、手を握って、哀願する美少女。

 美貌を引き立てるフルコースに、同性なのにときめきそうだ。


「そんな、ことは……」

 駄目だ、とても否定なんてできない。

 美少女とは、正義なのだ。


「でしたら、もっと薔薇を飾りましょうね。エルナ様が誰のものか、しっかりとアピールしなくては!」

 嬉々として薔薇を手に取るリリーに、エルナがかけられる言葉はなかった。




 やりきった表情で御機嫌のリリーと共に会場に向かうと、グラナートとテオドールが迎えに来た。

 どうやら、リリーがいつの間にか連絡していたらしい。


「大丈夫ですか?」

「……体は、大丈夫です」

「体は?」

 グラナートが首を傾げると、事情を知るリリーが苦笑した。


「エルナ様はドレスと薔薇の色の意味に先程気付きまして。……殿下がお選びになったんですよね?」

 リリーの容赦ない報告に精神を削られていると、グラナートが合点がいったという様子で笑った。

「はい。……仮縫いで何も言っていないと報告はありましたが、そういう事でしたか」


 微笑むグラナートの胸に飾られているのは、同じく深赤色の布で作られた薔薇だ。

 ただし、深赤色の薔薇の横に、小さな水色の薔薇も顔をのぞかせていた。

 それが何を意味するかなんて、考えるだけで顔から火が出そうだ。


「……ヴィル殿下がいないなら、帰りたいくらいです……」

「それでは、彼に感謝しなければいけませんね。とても似合っていますよ、エルナさん」

 笑顔で差し伸べられたグラナートの手に、そっと手を重ねる。


「ありがとうございます。……今後は、自分でドレスを選びますから」

「妃のドレスを用意するのは夫の役目です。僕から楽しみを取り上げないでくださいね」

「そうなんですか、テオ兄様?」

 見慣れた黒髪に戻っているテオドールに聞いてみるが、微妙に視線を逸らされる。


「……殿下が言うのなら、王太子夫妻はそうなんだろう」

「それ、違うってことですよね? 普通は違うってことですよね?」

「今は任務中だ。余計なおしゃべりはできない」

「テオ兄様!」


「さあ、ヴィルヘルムス殿下もお待ちです。行きましょうか」




「大体の話は聞いたよ。大変だったね、エルナ」

 栗色の髪に赤鉄鉱(ヘマタイト)の瞳の美少年は、今日は本来の王太子としてここにいる。

 ヘルツ王国よりも鮮やかな色合いの正装は、彼によく似合っていた。


「国のために良かれと思っても、全員が幸せというわけにはいかない。わかってはいるが、難しいな」

「それを背負っているヴィル殿下は、凄いと思います」

 彼は本来、王太子になる立場ではなかった。

 国のために楽な立場を捨て、兄王子を排除して、対立貴族を押しのけた。

 並の苦労ではないはずだ。


「ありがとう、エルナ。でも、そういう言葉は君の殿下にかけてあげて」

 ヴィルヘルムスはそう言ってちらりとグラナートに視線を送る。

「調印式の直後にエルナ達が行方不明と知らされて、それはそれは心配していたよ。おかげで、こぼれた炎で床の一部が溶けた」

「……それは、心配と言うのでしょうか」


 ちょっとした暴走のような気がするのだが。

 というか、炎がこぼれるってどんな状態だ。

 それに、床は石なのだが、溶けるって何だろう。


「ヴィルヘルムス殿下、余計なことは言わなくて良いですよ」

 グラナートがたしなめると、ヴィルヘルムスは大袈裟に肩を竦めて見せる。


「はいはい、邪魔者は退散しますよ。行こう、リリー」

「え? あ、はい」

 ヴィルヘルムスの手をリリーがとると、そのまま二人は会場の奥へと行ってしまった。

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