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勝手な都合です

「……どういう、意味ですか」


「わたくし、グラナート殿下の婚約者候補の一人でしたの。殿下のことはお慕いしていましたし、家のためにもなるお話ですから。わたくしなりに()()()()()()わ」

「邪魔者を排除したわけですか?」

 アロイスが冷たく言うと、シャルロッテは驚いたように手を口に当てる。


「まあ。そんな物騒なことを言わないでくださる?」

 その仕草だけ見ていれば、あどけなく可愛らしい御令嬢だ。

 だが、この状況でこの振舞いなのだから、たぶん本当に排除したのだろうとエルナにもわかった。


「とはいえ、筆頭候補だったミーゼス公爵令嬢は圧倒的な存在感でした。最後にどこぞの子爵令嬢が残ったのは意外でしたが、ミーゼス公爵令嬢が選ばれることは必然でしたわ。だから、殿下のためならば側妃でも良いかと思いましたの」

 そう言えば、グラナートは側妃に名乗りを上げる者がいると言っていた。

 その中に、シャルロッテが含まれているのかもしれない。


「ところが、殿下は側妃を持たないと仰いました。しかも、実際に候補になったのは名前も知らない子爵令嬢だというではありませんか。あのミーゼス公爵令嬢を退けたという方が気になって、調べてみたのですけれど」

 シャルロッテはそう言ってちらりとエルナに視線を動かす。


「平凡な容姿。特筆することのない能力。大したことのない出自。……正直に言って、とても殿下に相応しいとは思えません。そんな方に殿下と王太子妃の座は渡せませんわ」

 アデリナには負けを認めて側妃になろうとしたが、エルナなら勝てるということか。


「それは確かに一理あります」

 エルナが納得していると、シャルロッテの眉が顰められる。

「あまり馬鹿にしないでくださる? 不愉快ですわ」

 その視線を受けた男達が、エルナを腕をきつく締めあげる。

 思わず声が漏れると、シャルロッテは打って変わって花のような微笑みを浮かべた。



「既に陛下が承認しているのは困った話ですが、あくまでもまだ候補です、正式な王太子妃ではありませんわ。ならば、()()()()()で候補がいなくなれば、わたくしに再び機会が巡ってきます」


 これは、何だか不穏な話になってきた。

 だが、二人の男に両腕を押さえられている以上、身動きはとれない。

 足で蹴ろうにも真横なので難しかった。


「とはいえ、曲がりなりにも王太子妃候補。既に陛下にも面識があります。普通に襲ってはこちらに非があることになってしまいますわ」

「普通も何も、襲った時点で非があると思いますが」

 至極真っ当な指摘をしたせいで、再び腕を押さえつけられる。

 腕に負荷がかかったせいで、肩まで痛くなってきた。


「……ですので、フォルツの御令息の力を借りることにしましたの」

 微笑みを向けるシャルロッテは、楽しそうにアロイスを見つめる。

「どういうことだ?」


「フォルツの現状を伝えるために直訴すると提案すれば、領民思いのあなたは賛同してくれましたわね。書状を握りつぶしているのが父だとも知らずに、愚かなこと」

「……何だと? では、返事がいただけないというのは」

「来るはずがありませんわ。ただの一度たりとも、王宮に書状が届けられたことはないのですから」

 あまりの言葉に、アロイスは驚愕の表情を浮かべる。



「グルーバー侯爵は、どこにいる」

「まあ。怖い顔をなさらないで。父は王宮ですわ。これから始まる舞踏会に招待されていますの。ですから、わたくしが代わりにあなたに()()()にあがりましたのよ?」


「……何故、書状を届けない」

「条約のせいですわ。今までは採掘量を調整して価格を上げていたのに、国の管理下に入ってしまえば自由にはできませんもの。だから、条約成立前にできるだけ採掘しなければいけないのです」

 さも当然と言わんばかりの訴えに、アロイスの翡翠(ジェイド)の瞳に怒りが灯るのが見えた。


「抗夫とその家族に流行病が広がっている。休息、治療、人員の補充もなしにそんなことをしていたら、皆死んでしまう」

「仕方ありませんわ。こちらにも都合があるのですから。それに、下々のことなど、わたくし達には関係のないことですわ」

 それはつまり、魔鉱石の原石をため込むためならば、抗夫とその家族はどうなっても良いということか。


「領民を守るのが領主の務めではないのですか? それに、多少採掘量を増やしたところで、いずれは尽きます。無駄なあがきです」

 エルナの訴えをつまらなそうに聞くと、シャルロッテはため息をついた。


「元々我々の物ですから、国の方がおかしいのですわ。それに、手はありますのよ?」

「手?」

 エルナの問いに、今度は嬉しそうに微笑みを返す。


「わたくしが妃になれば、殿下に条約の撤廃をお願いできますもの」

 自分の眉間に皺が寄るのがわかった。

 シャルロッテは、何を言っているのだろう。


 彼女が妃になったところで、条約に口を出すのはおかしい。

 まして、鉱山での利益のために両国の繋がりを断ち切れなどと。

 王太子妃は、王太子を支える者だと教わった。

 決して、利益のために権力を振りかざして良い存在ではないはずだ。



「――何て、勝手な」

「……何ですって?」


「彼女の言う通りだ。そんな勝手な都合で、領民を追い詰めたのか。王太子妃候補まで巻き込んで」

 アロイスに糾弾されて一瞬眉を顰めたシャルロッテは、けれどすぐに笑顔を取り戻す。

「あら。どちらかというと、巻き込まれたのはあなたの方ですわよ」

「何?」


「言いましたわよね? エルナ・ノイマンが邪魔なのです。だから、王宮の目の届かぬところに連れてきてほしかったのですわ。フォルツ子爵は慎重な方ですから、何度焚きつけても難しかったのですが。正義感だけご立派で先の見えていないあなたならば、この話に乗ってくださると信じていましたわ」


「……そのために、俺を?」

 自分を騙してエルナを攫わせたのかと問うアロイスに、軟玉(ネフライト)の瞳がきらめく。


「嫌ですわ。あなたのお仕事は、この後ですのよ」

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