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「どういうことでしょう」

 閉ざされた扉を見ながらエルナが呟くと、ペルレがため息をこぼす。


「鉱山の状況について聞いたことはありませんが、少なくともグラナートにその話が通っていれば、放置したままということはあり得ませんわ。となれば、どこかで情報が止まっていると考えるべきでしょうね」

「どこか、ですか」


「一番簡単なのは陛下ですが、この件に関してはグラナートに任せていますから。関わっているとは思えませんわ。……ミーゼス公は把握していますの?」

 銅の髪を揺らして、アデリナは首を振る。


「いいえ。少なくともわたくしは、条約に問題があるような話を聞いておりません」

「怪しいと言えば、グルーバー侯爵もそうですが。鉱山の状況が伝われば、採掘量を減らすか人員の補充をするか。それから、病の治療のための物資と人員が行きます。一時的に採掘量が減りますが、どちらにしても条約締結後は今よりも減らすでしょうから、知らせた方が利がありますわよね」



「……では、情報が伝わらなければ、採掘量は減らないのですね」

「エル、どういう意味ですの?」

「条約を結べば、鉱山は国の管理下に入るのですよね? そして、採掘量を抑えて安定化を図る。なら、自由に採掘できるのは今の内だけということになります」


「……まさか、今のうちに蓄えるというのですか」

 エルナの脳内に、レオンハルトとの会話がよみがえる。

「鉱山を所有する領地からすれば、この条約は痛手だと聞きました」

「確かに、そうですが」


「少しでも蓄えたいのかもしれないし、他に理由があるのかもしれません。となれば、情報を止める利点はゼロではなくなります。……ただ、それと王太子妃候補に固執するのに関係があるとは思えないんですよね」


 鉱山の利権云々の話ならば、エルナには無関係だ。

 それこそアロイスが言っていたように、アデリナとペルレが伝えてくれるのならば十分すぎる位だ。

 なのに、あのホルガーという男は王太子妃候補にこだわった。

 正確には、彼に命令をした者が、エルナにこだわっている。


「少なくとも、アロイス様は書状を届けても返事がないと思っています。でも、そもそも書状が届けられていないとしたら。……彼とは違う思惑で動いている人がいるということです。そして、その人達が王太子妃候補に固執しているのかもしれません」


 ペルレはため息をつくと、紅茶のカップに手を伸ばす。

「何にしても、決して王太子妃候補を会わせない方が良いでしょう。我々も、ここを離脱できれば良いのですが」

 新しい紅茶を淹れようとペルレのそばに行くが、手で制される。

 美しい公爵はそのまま冷めた紅茶を飲み干すと、音もなくカップを戻した。



「……そうだ。お二人も、これを身に着けていてください」

 それぞれの瞳の色の糸で作った刺繍ハンカチを手渡す。

 花びら部分はこんもりと立体的で、その部分だけ妙に分厚くなっている。

 普通に使うハンカチとしてはバランスが悪くて不格好だが、今は目的が違うので許してほしい。


「ハンカチ、ですの?」

 首を傾げるアデリナの隣で、ペルレはじっとハンカチを見つめている。

「……『グリュック』の、清めのハンカチ。では、あなたが」

 呟かれた言葉にエルナがうなずくと、ペルレもうなずき返して、すぐにハンカチを懐にしまう。


「わかりましたわ、ありがとうございます。……先程の馬車の中でも、助けてくださいましたわね」

 馬車の中で助けるというと、男が触れようとしたのを阻んだことだろうか。

「高貴な淑女に触れようなど、千年早いですから」


「そうではなくて、魔力が……いえ、何でもありませんわ。アデリナさんも身に着けて。決して離してはいけません」

「は、はい。ペルレ様」

 エルナもハンカチを上着のポケットに入れると、窓の方に目を向ける。




 少し日が傾き始めた。

 今日は条約の調印式があり、その後は舞踏会がある。

 アデリナと馬車で王宮に行くことは伝えてあるし、ペルレまで同乗していたのだから、さすがにもう行方不明であることには気付いただろう。


 探索の手はどこまで来ているかわからないが、今はそれに期待するしかない。

 両方の主役と言えるグラナート自身は、さすがに欠席するわけにはいかないから、来ないかもしれない。

 だとしても、きっと探してくれてはいるはずだ。


 エルナは上着のポケットの上に手を当てる。

 刺繍をしながら願ったのは、身の安全と、居場所を伝えたいという思い。


「……グラナート殿下」


 口の中で、そっと小さく名前を呼ぶ。

 きっと、大丈夫。

 必ず、もう一度会うのだ。



「――え? エル、あなた、それ!」

 珍しく慌てた声を上げるアデリナを見ると、何やらエルナの頭の方を示している。

 何かと思って見上げると、視界の隅で灰色の髪の毛が揺れる。


「え? あれ?」

 もう一度確認すると、やはり髪の毛が元の濃い灰色に戻っている。

 ペルレが魔法をかけてくれたのに、何故。


「……まさか」

 聖なる魔力の浄化、だろうか。

 よりによってこのタイミングで、ペルレの魔法を浄化してしまったらしい。


「も、もう一度魔法を」

 ペルレがソファーから立ち上がるのと同時に、扉が開いてアロイスが姿を現した。

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