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長兄に不満をぶつけてみます

「素敵ですね。これなら商品としてお出しできます」


 エルナは、学園の帰り道に刺繍糸のお店『ファーデン』に立ち寄った。

 もちろん、刺繍ハンカチの販売について話をするためである。

 領地で作ってあったハンカチ数点を持ってきたのだが、それを見ていた店員は笑顔で販売を認めてくれた。


「当店では委託販売という形をとっています。商品をお預かりして、売り上げの一部を店にいただくことになりますが、よろしいですか?」


 店員が提示した店の取り分は、思っていたよりも良心的だった。

 一定期間売れなかった場合は商品の入れ替えをするので、売れ残ればそのまま返却されるようだ。

 店頭に置くための場所代みたいなものは必要ないのか聞いてみると、店員は笑った。


「学園の制服で出入りしてくれるだけでも、いい宣伝になりますし。ハンカチ数点くらいならサービスしますよ」


 そう、なんと学園には制服があるのだ。

 さすが中世ヨーロッパ風に見せかけた、ジャパニーズな乙女ゲーム設定である。


 ロングスカートのワンピースにボレロジャケットを羽織った品のいい制服は、数十年同じデザインで認知度が高い。

 おかげで、ちょっとしたステイタスのようだった。


「ありがとうございます」

「いいんですよ。昨日から何だかちょっと良いことが続きましたから、お裾分けです」

 棚から牡丹餅なお裾分けだが、ここはありがたく頂戴しよう。



「そうそう。販売者の名前はどうしますか?」

 個人のブランドを立ち上げる人もいるらしいが、大半は自分の名前をそのままつけるらしい。


「うーん。名前を出すのはやっぱり良くないと思うんですよね」


 レオンハルトに無断で、ノイマン子爵家の名前を使うのは駄目だろう。

 まだ売れるかもわからないのに報告するのも気が早いと思うので、できれば内密にしておきたい。


 だが、名前をそのまま使っては、すぐにばれる可能性がある。

 エルナが悩んでいると、店員がひらめいたとばかりに口を開く。


「では、『グリュック』というのはどうですか? 幸運という意味です」

「幸運、ですか」


 そういえば、領地でも幸運のハンカチなんてお世辞を言われていた。

 これも、縁かもしれない。


「それで、お願いします」

 帰宅したエルナは、レオンハルトと話せるようにフランツに頼むと、自室に戻った。


「テオ兄様の悪ふざけが過ぎます。レオン兄様から注意してもらわないといけません」


 リリー曰く、既にちょっと目をつけられているらしいので、これ以上の事態悪化は何としても防ぎたい。

 それにしても、リリーのヒロインらしからぬ情報力にはびっくりだ。




「王都に住んでいれば、王族の名前くらいはわかって当然です」

 そう言うと、リリーは王族の名前をすらすらと暗唱し始めた。


「国王陛下には三人の子供がいます。第一王子スマラクト殿下、第一王女ペルレ殿下、第二王子グラナート殿下。そのうち、グラナート殿下だけが王妃の子供です」


「え? 他の方は違うんですか?」

「スマラクト殿下とペルレ殿下は、側妃の子供です」


「じゃあ、二人の妃がいるんですね」

「王妃は亡くなっているので、現在のところ妃は側妃だけです」


「その場合、その側妃が王妃になるわけじゃないんですか?」

「そうなる場合が多いらしいですけれど、国王陛下は愛妻家だったらしいので王妃はあくまで一人という噂です」




 リリーは凄いなと感心しながら聞いていたが、あれは貴族の常識だったのかもしれない。

「王都にいるわけですし、もう少し勉強した方がいいかもしれませんね」


 貴族だらけの学園に通うわけだから、必要な知識もある。

 そう思いつつ刺繍を始めていると、ゾフィがレオンハルトの帰宅を知らせてくれた。


「まずは、勉強するためにも平穏な生活を取り戻さないといけませんね」

 エルナは気合いを入れて拳を握ると、レオンハルトの待つ部屋へと赴いた。




「テオ兄様が話しかけてきます。テオさんと呼ぶ羽目になりました。おかげで私の学園生活はピンチです」


「あー、はいはい」

 顔が見えるや否や不満をぶつけたエルナに、レオンハルトは苦笑いしている。


「はいはい、じゃあありません。テオ兄様はふざけすぎです。レオン兄様からもきつく言ってください」


「ふざけすぎ、というと?」

 ことの経緯を説明すると、レオンハルトは口元に手を当て、何やら思案しているようだった。


「……でも、わざわざそんなことをするとは思えないけど」

「嘘なんてついていません」


「うん、それはわかっている。エルナは大変だったね。テオの今の肩書からして、令嬢達の餌食だろう?」

「そうなんです! あんな兄とはいえ、青田買いなのだと教わりました」


「領地では貴族の恋の荒波なんて無縁だっただろう? 勉強になったね」

 嫌な勉強だが、その中で生活しなければならない以上、どうにか生き抜く術を見つけるしかない。



「レオン兄様、どうしたら平穏無事に過ごせるのでしょうか」


 王都と領地を行ったり来たりで、既にノイマン子爵代理として貴族社会を渡り歩いているレオンハルトならいい知恵を持っているかもしれない。


「まあ、関わらないことだね。そして、気にしないこと。油断しないこと」

 わかってはいるが、どれも難しそうだ。


「とりあえず、テオ兄様に話しかけないように言ってください。殿下の悪ふざけもテオ兄様のせいだと思うので、止めるように言ってください」


 文句を言ってやりたいところだが、テオドールと話しているところを見られた時点で終わりだ。

 しかも、テオドールのそばには王子がいるのだから、より悪い状況になる。


 テオドールがこの家に寄ってくれれば思う存分文句も言えるのだが、それは難しいのだろう。

 エルナにできるのは、レオンハルト経由で釘を刺すくらいのものだった。


「殿下の悪ふざけ?」


「グラナートさんと呼んでくれるか、と言われました。冷や汗が出ましたよ、もう。令嬢の皆さんに殺されたらどうしてくれるのでしょう。からかうにしても、自分の発言の重みを考えていただきたいです」

 朝の会話を伝えると、レオンハルトも驚きの表情に変わる。


「そんな軽率なことを言う方だとは思えないが……わかった。テオに連絡をつけよう」

「きつめに、お願いします」


「わかったよ」

 レオンハルトに頭を撫でられる。


 約束を取り付けたことで、少しだけ安心できたエルナは、さっそく刺繍を再開するべく自室へと戻った。

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