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ピエロの目  作者: 小原 大和
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第1話

金曜日が終わり、今週もようやくこの晩酌にたどり着くことが出来た。

先程スーパーで買ってきた食材を使い、簡単にお酒のアテを作る。


僕の晩酌は必ずビールと決まっている。

一週間働いて疲れた身体にはビールが一番染みるのだ。


今日の酒の席では「とりあえずビール!」みたいなのはもう古いらしく、乾杯からカシスオレンジなどを頼む男性もいるみたいなので、僕みたいなビール好きは今後減少するばかりなのではないだろうか。

なんてことを思いながら、ビールをグラスに注ぎ、テレビの電源を入れる。


ビールを飲みながら何も考えずにテレビを見るこの時間は、人生最高のひと時と言っても過言ではない。と僕は思っている。


チャンネルを一通り回し、ビールを口に流し込む。

いつも通り、某放送局の雑学番組を見ようかと思ったその瞬間、僕の動きは驚きのあまり止まった。


僕の家のすぐ近くで殺人事件が起きたというニュースが流れたからである。

家から500mほどしか離れていない場所である。

さらに、被害者は僕と同じ27歳の男性2名であり、容疑者も20代後半~30代前半の男性だというのだからたまったもんじゃない。


家のすぐ側で自分と同世代の人間が殺し、殺されたのである。

どうも他人事には思うことが出来なかった。


少し動揺しているのを自分で感じ、紛らわそうとグラスに半分ほど残っているビールを一気に飲み干す。が事件現場として映し出された映像を見て、より動揺が大きくなる。


画面に映し出されたその場所は、大学時代同じ柔道部だった友人の家のすぐ裏だったのだ。

正確には彼の実家である。

特徴的なオレンジ色の壁がはっきりと映っている。

彼は今も実家暮らしである。


考えたくはないが、テレビから得られる情報の限りでは、彼がこの事件に何らかの形で関わっている可能性が極めて高い。


彼の家は駅の方角と反対方向に位置するので気付かなかったが、彼の家周辺は今も騒然としているに違いない。

言われてみれば駅にもいつもより警察官がいたような気がする。


今すぐ彼に電話をして、安否を確かめたいが、なかなかそういう訳にもいかない。

スマホを取っては置くを数回繰り返す。


それもそのはず、彼とは大学卒業と同時に疎遠になっていた。というより避けられていると言ったほうが正確かもしれない。

SNSでのやり取りも、僕のメッセージが最後になったままである。

僕からもう一度送ればいいだけの話であるが、迷っているうちにどうしようもできなくなっていた。

もう5年も前のことである。


その後、僕は1年ほど前にこの町に引っ越してきたが、彼がこの町に暮らしているなんて全く知らなかった。


それだけに、近所のコンビニで彼とばったり会った時にはとても驚いたが、彼は僕以上に驚いた顔をしたかと思えば、走ってそのまま逃げて行ってしまった。


今考えると、彼とは部活動が一緒であり、そこではよく話していたが、それ以外の彼はあまり知らない。

彼は僕とは違い、友人と呼べる存在が他にも沢山いたし、そもそも僕は友人に含まれていなかったのかもしれないなと思うと少し寂しい気持ちになってくる。


しかし、もうそんな事はどうでも良い気がした。

部活中だけにしろ会話は良くしていた方であるし、最悪向こうがどう思っているにしろ、僕にとっての数少ない友人の一人であった事には変わりない。

なぜか自分で自分を励ますように言い聞かす。

僕は意を決して彼に電話をかけることにした。


しかし、5回かけても、10回かけても繋がらない。

殺されたのか?それとも...?

よからぬ想像だけが膨らんでいく。


気づけばもう夜も遅い。

諦めきれずもう一度かけてみる。


1コール、2コール、3コール…...。

これ以上は無駄かもしれないなと思ったその時、メロディーコールが止んだ。


「...はい?」


少し間が開いた後に、そう彼は言った。

僕は何に興奮したのか分からないが、彼の声に被さるようにして

「大丈夫?」

と言っていた。


主語も動詞もない全くない、ただ単語を発しただけであるが、彼はため息を吐くかのように

「あぁ...。」

と言った。

もう何度も何度も似たようなやり取りを繰り返していたのだろう。


それでもまだ少し興奮状態にある僕は、

「ニュース見たんだけど大丈夫...?」

改めて、何度も言われたであろう質問をする。

「あぁ...。」

今度は少し苛立ちを含んだようなため息である。


久しぶりに話すのにそんな対応あんまりじゃないかと思ったが、きっと彼も同じことを思ったに違いない。

「よかった...。」

僕はとりあえずそう言った。


ーそれから少し沈黙が続く。

電話の向こうからはザワザワとした周囲の騒音が#微__かす__#かに聞こえてくる。

僕はさっきまでの勢いをすっかり無くし、それは後悔に変わっていた。

何回も電話をかけて、やっと繋がったというのに、数秒で彼の安否確認という用件は済んでしまった。

無論、疲労困憊の彼から口を開く事は無い。


「あのさ...」

熟考した結果、僕はもう一度、決意してある質問をすることにした。

一度開いた口を止めるまいと、そのままの勢いで続ける。


「あのさ、どうしてあの時逃げたのか...ずっと聞きたくて...。」

もちろん彼とコンビニで会った時のことである。


始めに電話をかけてからもう30分ほど経っただろうか。

依然として、周囲はザワザワついているようだった。


3分ほどの沈黙の後、彼は唐突に口を開いた。

「4回生の時の忘年会覚えてる?」


彼が言っているのは、部活の引退時に同学年のメンバーで行った忘年会のことだろう。

全く行く気は無かったが、彼に誘われて始めて部活の集まりというものに行った。


「あっうん...。でもあんまり...。」

中途半端な返事しか返す事が出来ない。

もちろん忘年会があったことは覚えているが、彼が僕を避ける理由とどのように繋がるのか検討もつかない。

当時は家でお酒も飲む習慣が無かったので、2杯程度で酔ってしまい、その時の記憶はあまり無いうのが正直なところだった。


「まあそうだよな...。」

彼はまた息を吐く。

「ごめん。酔っててあんまり覚えてない。」


ーまた沈黙が訪れる。

ただ、先程までの沈黙とはどこか違う。

嵐の前の静けさとはこの事だろうか。


彼も何かを決心したかのように話始める。

「あの時...」

少し言葉に詰まったが、すぐにこう続けた。

「あの時、君は俺にキスをしたんだ。」

彼は確かにそう言った。


一瞬時が止まったかのようか感覚に陥る。

「キスってあの...?」

「あぁ...。」

彼は力の抜けた声を出す。


なんとか平然を保とうとビールグラスを持ったが、すぐに元に戻す。


それでも出来るだけ平然を装ったまま、

「ごめん。そんなこと全然知らなくて。あの時はすごく酔ってたし、悪ノリが過ぎたんだと思う。本当にごめん。」

僕は謝罪の言葉を自分に言い聞かせるように言っていた。

謝れば誤解は解けるかもしれないなんて考えもあった。


しかし彼は、僕の甘い考えを吹き飛ばすような声で

「違う!」

と言った。

当時のことを振り返るように彼は話を続ける。

「君は忘年会が終わった後、わざわざ僕を呼び出したんだ。僕は断った。でも君は力ずくで無理矢理キスをしてきたんだ。」

そう言ったのだ。


「そしてその後、君は僕を無理矢理...。」

「待って...。」

僕は声をなんとか絞り出した。

いくら酔っていたとしても、自分がそのような事をするなんて#微塵__みじん__#も思っていなかった。

僕の頭は話に全く追いついていない。


「怖かったんだ。友達だと思っていた君に、まさかそんな事をされるなんて...。何度か夢にも出てきた。怖かったんだ。それで連絡もしなかった。」

彼は全てを話してくれた。そして最後に、

「でも、逃げたことは申し訳ないと思ってる。ごめん。」


謝るべきなのは完全に僕の方である。

彼は何にも悪くない。

なのに僕は何も言うことができない。

目には自然と涙が浮かんでいた。

夢に出てくるほど怖い思いをさせてしまった。

彼は僕を友人だと思ってくれていたにも関わらず。

僕は自ら彼の信頼を失っていた。


1年前にコンビニで僕と会った時、彼は何を思ったのだろう。

自分を追いかけて来たのかもしれないと思っただろうか。

今思い返せすと、あの時の彼の顔は驚きというよりも、恐怖の顔だったのだろう。

僕は本当に酷ひどいことをした。


自分を責めて行くうちに、だんだんと意識が遠のいていくのがわかる。

その後、僕はどのようにして電話を切ったのか覚えていない。


気付けば朝を迎えていた。

昨日のことをどうにか思い出しながら辺りを見渡す。

机の上のビールは綺麗に飲み干されていた。


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