帰還2 機械との対話
ミシンは延々続く落下の中、時間の感覚を失い、気を失ったか眠っていたか、次に気づいた時には暗い砂の上にいた。
見渡すと、地面は暗色の砂粒が広がっている。
空はどんよりと灰色めいて、高いところにゴウゴウと音が響いている。細かい雨が降っており、今、雨は身体を濡らしていた。
つまりここはもう雨の回廊ではない。どこかに辿り着いたのだ。
ミシンは辺りが油臭いことに気づいていた。自身の身体もだ。この雨は、水ではない、油の雨?
雨に濡れた身体はどろどろとして気持ちが悪い。ミシンは顔や腕に付いた油を拭って立ち上がり、辺りを見渡す。
一面の砂と、緩い勾配の幾らか先、この位置から見下ろすところに一面の水が広がっている。いや、あれも水ではないのかもしれない。広大な油の、これは、海?
どこまでも水が広がっているこの光景。
レチエの聞かせてくれた詩の中の、油海。
それがミシンの眼前に広がっていた。
では、ここは砂浜なのか。
しばらく呆然とそれを見つめていたが、ミシンは兜から滴る油の雨を払い、歩き出した。どこか休める場所が欲しかった。
あてもなく砂浜を延々と歩いたように思う。砂浜に何かの残骸が半ば埋もれ、横たわっている。
機械のようだった。
四角い、大きな箱のような機械。何の機械なのか、わからない。
ミシンはその傍らにしゃがみ込むが、機械を油の雨避けにすることもできなさそうだ。持ち上げることもできないし、使用用途もわからない、そもそもがもう完全に壊れている。自分に機械を扱うこと自体できないが。
打ち捨てられたそれに背を向け歩き出そうとしたミシンに、何かが語りかけてくるのを感じた。共通の言語ではない。ノイズに近いそれが頭の中に直に響いてくる。
これは……? 機械が?
機械はその暗闇の奥から何かを訴えかけようとしているようにも不思議と思える。必死、というのだろう。機械に感情などがあるとすれば。ミシンの頭に、何とかミシンと通じる言語に翻訳して、届けようとしているような。しかし、ミシンにはやはり理解できない。悲しみなのか。憎しみなのか。それとも他の感情? 訴えようとしている、というくらいまでしかわからない。
細かく刻まれる律動。時々、途絶え、速くなったり遅くなったりしながら、続いている。わからない。ミシンからも機械に向けて、理解することができなそうだ、と伝えてみようとするが、どう伝えればいいのかわからない。念じることくらいしかできない。それで伝わるだろうか。
そうした時に、機械からの語りかけが途絶え、その後、少し変化した律動でまた何かを伝えてくる。だが、やはり、わからない。どうすることもできないのだ、と思うしかなかった。
やがて、機械からの語りかけも、徐々に小さく、ゆっくりになり、途絶えてしまった。
それからは二度と、機械は言葉を発することはなく、沈黙してしまった。
油の雨が、降り続ける。
ミシンは、どうしようもない悲しさをその時に感じた。
伝えることも、伝えられることもできない。
ミシンは機械に背を向け、また歩き出した。




