運命の砦
ヒュリカは、午後一の刻になると予定通り、全軍を率い総攻撃を開始した。
最後の砦は、ヒュリカにとっては故郷のような砦である。ほとんど外縁を背に立っており、深い淵が広がっているのをヒュリカも子どもの頃、見たことがある。
その砦は今、水の霧が渦となりとぐろを巻く外縁の空を背景に、見たこともないきつい夕焼けの様相を呈し、大きな黒い鳥が二羽、寂しいカラスのように、砦に聳える二つの尖塔のそれぞれにとまっている。鳥の胸から上は人間のもので、それはヒュリカの両親だったものだった。とてつもなく悲愴な顔をして、佇んでいた。
兵達はその光景を前にしばし立ち尽くしていたが、ヒュリカは最初力なく笑い、と思うと突如、涙を流して発狂したように叫んだ。
砦の二羽の鳥は表情も変えずに、動かない。
兵は動揺し、傍に仕えていたミジーソはいけません。これでは士気が落ちてしまう。と言うが、ヒュリカは自らの内から沸きあがってくる嘆きを、どうにも止めようがない。
「わかった、わかっているわ、」とそう自身で呟くのだが、また、涙が溢れ出そうになる。
ヒュリカはその涙をのみ込んで、一度、陣地まで退くとようやく言い放った。
砦の二羽は、軍が撤退していく時も身動き一つすることなく、夕焼けに張り付く影絵のようでしかなかった。
砦が見えなくなると景色も戻り、陣地へ戻るとヒュリカも幾らか落ち着きを取り戻した。しかしあの光景は誰の心にも焼き付いて暗い影を落とし、兵達は総大将のヒュリカを心配した。
だがヒュリカは気丈に振る舞い、予想外のことだったから動揺してしまい情けない姿を見せたけど、もう、大丈夫だ、と皆を前に言った。
軍は再度砦に向かった。
あるのは、同じ光景だ。
夕焼け、二つの塔に、二羽の黒い大きな鳥。それは絵のように全く動かない。
ヒュリカは、これを見る内にどれだけ泣くまいと決意をしてもまるで無駄のように、涙が堰を切って押し寄せ、嘔吐してしまい、どうにもならなかった。
ミジーソが彼女に「わしが指揮を執ります」と申し出て、兵達も口々に「殿下は陣地にてお待ちください!」「我々が、必ずこの城の魔を討ち、殿下の父上母上を救ってまいります!」と励ますのだった。
ヒュリカには、そんな皆の声も、聴こえてはいなかった。
どこまでもどこまでも暗い底へと、落ちていく。落ちていく! ヒュリカは、叫んでいた。
ミシン、ミシン、行かないで……お願い。わたしの傍にいて。それだけでいい。それだけで……その叫びは張り裂けそうなほどに大きいのに、とても小さくて誰にも聴こえていなかった。
兵がヒュリカを支え、後方の陣地へと連れ戻していく。
ミジーソが旗を掲げ、兵は一丸となり、いざ! と最後の砦へとなだれ込んでいく。
小さな少女が外縁の淵を覗きこんで、その場にしゃがみ込んでしまい、密やかに泣いている。
最後は声にならない嗚咽がこだまするだけだった。




