帰還命令
総攻撃は午後いちばんで行うこととなり、昼まではその準備が進められた。
武器や馬の準備もあらかた落ち着き、各将兵が心の準備をする中、陣中に使者が訪れているという。
ケトゥ卿の砦からでも敵の使者でもなかった。都からの使者だった。
ミシンはその男を見たことがあった。雨の回廊の入り口で番をしていた衣の男だ。
入り口で都の使者の手紙を預かり、そこからは自身が代わってここまでやってきたのだという。
都への、帰還命令だった。
男も、詳しいことはわからないという。
近くにいたヒュリカは、笑顔で、うん、と頷いた。
「ヒュリカ。だけど……」
「ここまで来たんだ。大丈夫だよ」
「だけど、こんなの。あまりにも……」
言葉を詰まらせているミシンの肩を、ヒュリカはぽんと叩いた。
「ヒュリカ……」
ヒュリカは、戦いが終わった後に、また会えるよね。と言おうとして、それ以上言葉が出ずに、笑顔のまま、少しだけ困ったような表情をして、小首を傾げただけだった。
ミシンはその時、生じた迷いの中に没入してヒュリカのその表情その仕草を見ることはなかった。
ここで戻るべきか、砦の奪還までは戻らないべきか。しかしそれは愚問だった。自分は聖騎士なのだ。命令は、絶対のものだった。命に違えれば、その時点でここに来ていること、聖騎士であること自体が無為なものになってしまう。聖騎士の誓いとはそういうものだった。
ミシンが次に顔をあげた時、ヒュリカはもういつもの無表情に戻っており、凛として、緩い風に髪が靡いているだけだった。
ミシンはヒュリカの顔をきれいだと思った。




