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境界戦記  作者: k_i
第6章 決戦
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最後の夜

 陣地の夜。

 幕舎の中で薄明かりに照らされ、向かい合う二つの影。

 ヒュリカの声が聴こえている。

「どうだろうミシン。今一度、木馬を集められないものだろうか。本当にもう、木馬は残っていないだろうか。さすがに使えるのが実質あと一頭では……。今はその可能性にすがりたいのだが」


 ミシンは少し黙ったまましばらくいて、

「ならばこちらも、今一度……今改めて言うが、都に救援を乞うことはできないのか? ここまで奪回し、これまでの最も脅威だった鳥もほぼ全滅させただろう。後はさしたる敵はいない。実際今攻めてきている新手の四つ首の馬どもも、数は多いが今の士気を取り戻した兵の敵じゃない。あれらを撃退しておいて、ここまでの陣地を確固なものにしておけば、その間に都から木馬か、木馬じゃなくても魔法の力を持ったものを連れてくることができれば……」


 ミシンはいつになく力説したが、ヒュリカは軽くため息しただけだ。


「境界の戦いというのがまだわかっていないな。ミシン」

「……やはり、そうか」

「都の力というのは、境界では役に立たないのだ」

「では、この木馬は? 説明したはずだ。この木馬は、都でメリーゴーランドを司っているレチエの……」

「確かに、そうだとして、だが、」

 とヒュリカは強調して続ける。

「取り違えてはいけないのだ。どうしてそのメリーゴーランドのレチエが木馬をここ――境界に、送ったのか。それとも別の理由でレチエのもとを離れた木馬がここへ来たのかわからない。その、何故、わからない、という点こそが、重要なのだ。そういう変則的で不確定な力だからこそ、境界での戦いで発揮される力となり得るのだ。もし、明確に、境界での戦いに力を貸してくれと言って都で同じ木馬を連れてきたとしても、それは境界に入った途端、役に立たない力になってしまうだろう」

 ヒュリカは一呼吸だけ置き、付け加えた。

「そういうものなのだ。だから、境界の戦いはあくまで境界の戦いなのだ」


 ミシンはヒュリカが語り終え、そこでふと別のことを思った。

 では、自分は一体……聖騎士とは。

「僕は一体、何なのだろう」

 ミシンは素直に、ヒュリカにそうぶつけた。


「聖騎士となった者は、都のものでも境界のものでもない、その中間のものなのだ。聖騎士は秘密裏に、儀式としてここへ送られてきている。援軍として来ているのではない。聖騎士はその修練の一環としてここへ送られてくるだけと聞く。だから時が来ればあなたはここを去らなければならない。それが戦いの途中であっても……」

 ヒュリカは話を続ける。

「話を戻すが、だから境界に入り込んだ木馬がもう残っていないのなら、残念だが……それまでのことだ」

「変則的で不確定な力か……他に何かそういう偶然はないものかな」

「祈ることしか」

「僕に……もっと力があれば」

 ヒュリカは、ふ、と笑ってミシンの肩を軽く叩いた。

「ありがとうミシン。十分だよ。あなたはしっかり戦えているし……わたしの隣、こうしているだけで、今は……ここにいる間は」

「ヒュリカ、……ああ。僕でよければ……」


 ミシンは何だか、本当に嬉しかった。

 

 更に夜も更け、ミシンは一人、陣の四方に立てられた見張り塔の一つに上っていた。

 祈ることしか……か。頼む。ミシンは境界の夜空に向け、剣をかざしてみた。が、しばらく待っても木馬がやってくる様子はなかった。

 だがちょうどその直後だった。周囲に広がる森の広範の樹々が、ざわざわとさざめき、妙な風が吹いたというのか、それはそんなに大きな風ではないのに、と、ミシンは少し不気味に思った。暫く辺りを見ていたが、何が出てくるでも、何かが起こることもなかった。


 それから見張りの兵が来て「まだいらっしゃったのですね。少々風がつめたいようです。そろそろ中で休まれては?」と声をかけてくれた。

「木馬のことよりも、ヒュリカ様はあなたがいらっしゃってくだされば、何より心強いと思っておいでなのですから」

 そんなふうに言葉をかけてくれた。


 ここのところ、軍がケトゥ卿の砦を出てから、ヒュリカがミシンを心の拠り所としていることは、兵達にはよくわかっていることだった。自ら先頭に立ち、常に気丈に振る舞い、立て続けに敵の首級をあげていることも、ミシンがいるからできていることだとヒュリカ自身がふと言葉にしたこともある。

 兵達は心からそう思っていたし、ヒュリカにしてもそうだったのだが、ミシンはそれでも、木馬のように敵を退けることが本当にヒュリカを守れるということなんだから、自分にはそのような力があるわけでもないし……と思うのだった。


 風のことは、念のため、注意を促しておいた。

「風、ですか?」

 兵は言った。

「ああ。何かあったらすぐ、皆に知らせてほしい。一応、ヒュリカにも伝えておく。外の方の見回りにも」

「ええ。わかりました」


 ミシンは見張り塔を下りた。

 外の陣地にいた者には、同じように不気味なさざめきを感じた者もいた。だが、このことはとくに何かに結びつくということもなかった。

 

 夜営の灯かりが照らす陣地の真ん中に、ヒュリカがいた。


 ミシンはヒュリカに近づき、木馬はもういないようだ、と告げた。


 ヒュリカはありがとう、と言い、明日総攻撃に出よう。と言った。最後の砦まで駒を進める、と。

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