接戦
軍は再び街道に集結し、いよいよこの先へと進軍する。
念を入れて初日はあまり深入りすることなく、何度かこまめに斥候を放ちながら十メルーグ程進み、夜を越すため陣を設営した。この地点なら後方の二砦まですぐに引き返すこともできる。
夜のまだ早い時刻、陣中に声が響き渡った。
多くの者が予想し、恐れていたことだった。
鳥だ、と口々に兵は叫んだ。
「鳥だ。鳥が来たぞー!」
「木馬を出せ!」
ヒュリカは冷静に指示を与えた。
備えは、十分にしてあった。
木馬に頼るだけでなく、他にも案が考えられており、鳥の主な攻撃手段である上空からの飛来を和らげるべく兵舎と兵舎の間に網を張り巡らせておいた。実際に網に引っかかってくれる鳥もいて、幾らか鳥の攻撃を和らげた。
木馬の光を当てただけで、鳥はすぐに倒せた。
あまりにも簡単に鳥が次々と死んでいく様に、兵達は歓声すらあげた。
「おお!」
「これほどの効果とは。これなら、いけるか」
ヒュリカも満足げに言葉を発した。
「ヒュリカ様。味方の被害人数も軽微なものです」
しかし負傷者が悲惨なことには変わりはなかった。――「ぐう」「うぐう」と悲鳴にならない悲鳴を上げ、ある者は「ヒュリカ様、こ、殺してください」と、ある者は「やめて! 殺さないで」と、ある者は必死で鳥が出てくるのを押さえていたが、一度鳥にやられたものは、腕や足ごと切落とすか、頭や腹に傷を受けたものはとどめをさしてあげるより他に方法はなかった。戦闘不能になった者は、後方に戻し、温泉地送りになる。
兵の予備はあまりない。
勝負をかけるしかないな、とヒュリカは思った。鳥には木馬が十分に有効なことがわかった。光に当てれば、鳥は脆い。
しかし、こちらの木馬も意外と脆く、確かに光は鳥を圧倒するが長くはもたず、数頭はすぐに弱ってしまった。木馬があれば容易くと思っていたようにはならず、戦は敵との接戦の様を呈した。
四の砦の一つが小高い丘の向こうに見えてくるところまで来ると、鳥の数は減りだした。
この頃になると、敵に鳥とは違う別の二、三種が出てくるようになった。胴から上が二つに分かれた二足歩行する馬、亀の甲羅を背負った馬、鬼など。これらは武具をまとい力頼みに攻め寄せてくるものらだったが、鳥の脅威には比べるべくもなく、競り合いの末にケトゥ卿の兵は敵を全滅させることができた。
やがて敵に、バッキという者が現れ、これが妙略を巡らせて軍を困らせてきた。
ある時、陣地に商人を名乗る者が現れ、木馬を管理していた兵に取引を持ち掛け、何故かその兵はすんなり取引に応じて木馬を引き渡してしまったのだ。兵の手元には、赤黒い気持ちの悪い宝石がその見返りに残されていただけだった。
後から問うても、兵自身も何故そのような取引に応じたのかわからないと言い、ヒュリカは自分を責めぬよう兵を慰めたが、兵は取り返しのつかないことをしたことに責任を感じてすぐ後、自害してしまった。
木馬はばらばらに解体された状態で、陣地の近くの樹に吊り下げられていた。
木馬があっけなく奪われ壊されてしまったことも、兵が自害してしまったことも、軍の士気を下げた。
その後も同じ方法で、二頭がバッキに屠られてしまった。
ミシンは木馬に対する仕打ちに激怒し、自ら何としてもバッキを討ちたいとヒュリカに願い出た。境界文書に記されているバッキとの戦いでは、ミシンがマホーウマという男をバッキの砦に潜り込ませ、マホーウマがバッキを仕留めた、と簡単な記述がある。こうしてヒュリカらは手痛い被害を出しながらも、三つめの砦を奪回した。
四つめ五つめの砦は、ヒュリカが快進撃を見せ、自ら巣くっていた悪鬼二将の首級をあげて攻め落とした。
軍は、士気を戻しつつあった。
しかし六頭いたうちの、四頭はくたばったり敵の策略で死んだ。二頭残っており、一頭はほとんど無傷だが、もう一頭はいかにも壊れそうだった。
ヒュリカは少し、頭を悩ませた。




