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境界戦記  作者: k_i
第5章 探索
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地下の旅(2)

 ミシンが目を覚ました時にも、様子は全く変わっていなかった。相変わらずの、水の音。よく眠れたようだった。


「ええっと……見張りは? そろそろ交代、でいいのか?」

 見ると二人は既に起きてめいめいに壁にもたれていたので、ミシンはすぐに声をかけた。

「ミジーソ殿の後に私が代わって、ミジーソ殿はそれからしばらく寝てらしたけど」

「うむ。ついさっき起きて、十分もう目は覚めとる。元気じゃ。ミシンは眠れたか?」

「あ、ああ。それはすまなかった」

「うむ。ほれ水じゃ。干しパンでいいか?」

「ありがとうミジーソ。イリュネーは?」

「私ももう眠くない。あなたの準備ができたらさっさと発とうか。私は早くこの地下から出たいのだ」


 ミシンは朝食もほどほどに切り上げ、少しすると一行は再び歩き出した。


「地上でも雨はやんでいないのだろうか。あれよりも水位が上がれば、温泉地は大丈夫なのか。それに、ケトゥ卿の砦の方も……」

「テルモネーの避難所があるからな。私は生まれていないので知らないが、古い昔にも地上に水が溢れたことがあるらしいのだ。その際に作られた東の高地にある砦だ」

「以前にも……その時も、雨が?」

「さあ、わからん。私もその記録書を直接目にしたわけじゃないからな。境界に雨というものはほとんどないものなのだ。あってもすぐにやんでしまう。そんな大した雨ならそれはそれで語り継がれているだろうし、だからその時は雨ではないのでは?」


 しばらくすると会話もなく、三人はまた歩き続けたが、水が道を遮ることによる以外にも実際に道自体も分岐を見せ始めた。

 一度、行き止まりに行き当たってしまい引き返したが、天井から降り注ぐ水柱は、先程あったものが退いており、かと思うと別のところで先程はなかった水柱ができていたりと、迷路を作り始めていた。

 道自体も入り組みその上にこのように水柱が邪魔をするので、迷路は厄介なものとなる。戻ったつもりでも、違う場所に出てしまう。


「迷った……か」

「せめてこの水が落ちてくるのがやむのを待った方がいいかのう。いつやむとも知れぬが……」

「待って! 何の音……」

 一番後ろにいたイリュネーが何かに気づき、声をあげて注意を促す。

 水の音に混じって、別の何かが落ちてきている音がする。

 三人は背中合わせに、周囲に注意を向ける。

 見えた。周囲に落ちてくる水の柱の中に、黄色い何かが見えた。水の中でびろーんと伸び縮みして見える。

「何だ?」

 三人とも既に剣の柄に手を置いている。緊張が走った。

 幾つも同じような黄色い丸い物体が落下して地下泉の中に落ちていく。それはすぐに三人の目の前に姿を現した。地下泉から勢いよく飛び出してくる。

「ケキャ」

「ケキャキャッ」

 岩肌に下りるやいなや三人に向かって飛びついてきた。それは、黄土色をした人の頭程の大きさの蛙じみた生きものだった。

 剣を振るうと簡単に斬れたが、数が多い。次々に飛びついてまとわりついてくる。

「こ、こいつらは?」

「わからぬ!」

 イリュネーも気持ちの悪いものを見る顔で、必死に剣を振るっている。

「砦の近くでは見たことのない生きものだ。〝敵〟とは異種の生きものだと思う。土着の魔のものだろう! ぎゃっ」

「おいイリュネー?」

「かか、かか顔にっ、顔にぃぃ」

「おい、とってやるから、危ない! 剣を一旦下せ!」


 生きもの自体はさほどの脅威はないようだった。鋭い爪や牙のような武器もなく、ただ身体にくっついて上ってくる。無論放っておけば窒息させられてしまう。


「こっちじゃ! ミシン殿! イリュネー殿!」

 生きものを踏みつけ振り払いながら、ミジーソが剣で示す。


 その方向には水が降ってきておらず、奥へと道が続いている。

 二人は足を引っ張る生きものを蹴散らし、すぐさま駆け出した。

 尚も掴みかかってくる生きもの達をミジーソがフン! と薙ぎ払う。

 身体に付着しているものもそのままに走り抜け、走りながら身体を上ってくるそれを引き剥がして、尚駆けた。


 道はさいわいに行き止まりということなく、奥へ奥へ伸びていた。

 いつしか周囲に落ちてくる水もなく、また、地下泉の流れからも離れていた。

 しかし水の気配はあり、水の流れる音はかすかに聴こえている。


「うげー。な、な、なによあれはぁ~」

 落ち着いたところで、イリュネーが口を何度も拭いながら、腕やズボンをはたく。

「か、蛙とキスしたとか、言うなっ」

「い、言ってな……」

 イリュネーはミシンに八つ当たりのように殴りかかったと思うやそのままミシンに倒れ込んだ。

「おい、大丈夫……」

 ミシンがイリュネーの顔を覗くと、そこにある乙女の顔を見てはっとした。

「イリュネー?」

「く、口直し……」

 イリュネーはミシンにすがり付いている。

「え……ぼ、僕は、聖、騎……士」

 イリュネーの唇がそこにある。小さくて、形のいい……ミシンはそれを見つめ、気づかずにイリュネーを抱える腕に力が入っていた。

「ち……違うっ、み、水! 水が欲しいんだっ!」

「うわっ」

 イリュネーがミシンを振りほどきもつれた二人はそのまま倒れ込んだ。


 そういうことか……ミシンは今になって胸がどきどきとするのを押さえこんだ。何だか、危なかった、気がする。


「いい加減にしてよミシン、何を勘違いしている……!」

 ミシンを振り払うように、起き上がるイリュネー。

「ほれ水じゃ」

 ミジーソが水筒を差し出す。

「まあ、あのままじゃミシン殿も蛙と間接キッスになったしのう。水で口をゆすいだ後ならどうじゃ? わしは見とらんようにするから」

「蛙とキスしてないっ……て、ミ、ミジーソ殿……」

 イリュネーは顔を赤らめた。

「からかうのはご容赦願いたい……」

「すまんな。ミシン殿も、大丈夫か。いつまで倒れておる?」


 ミシンもいそいそと立ち上がり、相手の顔を見ずに埃を払った。

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