地下の旅
更に歩くと、岩肌から水が染みだしている箇所が目に付くようになり、天井から水が滴り、その内に水が柱のように降り注いでいる有り様をあちこちに見るようになった。
この頃になると道幅も広まり、しかしごつごつとしていよいよ整備されていない天然の地下道の様を呈している。地下泉も、突出したり入り組む岩肌に遮られ分岐するようになっていた。道の方は入り組んではいなかったが、落ちてくる水のせいで通れない部分があり、それがため迷路のように見えていた。
「しかし、道が分かれ道になっているわけではないのじゃ。この水が、まやかしのように見せているだけで。水に当たって流されたりせぬよう」
「だがこうもあちこちで水が降ってきては……水位も少し上がってきておらんか?」
「ううむ。どうじゃろう……」
ミジーソとイリュネーの二人は先程から歩きつつ協議を始めており、ミシンも不安なのは同様だった。
ミシンは、岩が奥まり少し位置が高くなっている場所を見つけ、そこに入り休憩することを提案した。
二人はすぐに頷き、そのまま夕食をとりここで一晩過ごすこととした。
時間の感覚もわからないが昼からは随分歩いたはずで、少なくとも夕刻に差し掛かっているか、もしかしたらもう夕刻も過ぎているかもしれない。
岩に足を掛けて簡単によじ登れる程度の高さではあったが、三人が入って足を伸ばせるちょっとした空洞のようになっており、これだけでも随分気を休めることはできた。
入り口に一つ中央に一つ灯かりを置いて、夕飯を広げた。
めいめいに肩掛けや胸当てを外し、イリュネーは念入りに水がかかった身体を拭いている。
「そこっ、見ないように!」
「だから僕は、聖騎士だから、こちらこそ目に入らないようして頂きたい」
「失礼だなっ」
「……どうしろと言うんだ」
「さて」
ミジーソは早速握り飯をかじりながら言う。
「地下泉の方は、分流が出始めているが、本流に沿って歩けば、迷うことはないじゃろう」
「この調子で、あと二日三日、歩くのか……地下とは気が滅入るのだな」
イリュネーは境界鳥の卵焼きを摘まんでいるがあまり食は進まない様子だ。明日からは干し肉や干しパンを齧らないといけない。
ミシンは相変わらずあまり口を開くことなく、壁に背をもたれさせ水の音に耳を澄ませていた。
周囲では尚、小さく響く滝のような音が聴こえている。これはおそらく、地上の雨で貯まった水が地下に流れ込んできているのではないかと思われた。
三人が身を休める中、地下泉の水位が上がってくるようなことはなかった。流れが速くなっているようなので、下流の方へ流れているのか、それとももっと下の方、下の方へと流れていくのか。水は、どこへ行くのだろう。
もう誰も話していない。交代で見張りをすることにしている。最初はミジーソがその役割を務め、岩肌から足を投げ出してこちらに背を向け、地下泉の方を見つめている。イリュネーはもう寝てしまったかもしれない。
目を閉じ、この水の音を聴きながら、ミシンは雨の回廊のことを少し思い出していた。
レイメティアで敵のまやかしに遭った時の滝の迸る音。あの時程ではない。今の音はむしろ心地いいくらいに思える。
雨の回廊を渡ってきたことも、この境界の地に着いた時のことも、激しい戦いのあったことも、次々浮かんではない交ぜになりやがてミシンは眠りの中に落ちていった。




