地下泉
地下泉には、暗い中に所々壁掛け灯がぼんやり光をともし、あらかたは老人、傷を癒している男らの姿を浮かび上がらせている。
地下泉で湯治する者達は静かに、言葉もなく、身じろぎもせず首までたっぷりと湯に浸っている。灯かりのあたらない場所にも同じように浸かる者の影がぽつぽつと見える。
地下泉は、地下に広がるちょっとした湖のように広々と存在していた。周囲の壁は地下の岩肌がそのまま露出している。湯が沸きあがる音があちこちで小さくたぷたぷと聴こえている。時折、泡のはぜる音がぼこ、ぼこ、と響く。
片側は岩を削った人ひとり通れる程度の通路となっており、遠く闇の濃くなる奥の方へと続いている。
そこをミシン、ミジーソ、イリュネーが歩いていく。
地下泉として人々が利用しているところは随分広範囲で、十分程歩いてもまだ湯には人の姿がちらほらと見えたが、やがて人の姿も見えなくなり、地下泉の幅も狭まり水の流れが地下川として更に奥の方へ流れていく。道は、一本道だった。
「随分、歩いたわよね?」
イリュネーが口を開く。
今まで会話もなく進んできたが、この静かな地下道では思ったより声が響き、話し声を少し潜めてイリュネーは続ける。
「地下は時間の感覚がわからなくなるな。朝早くに出たが、今はどのくらいだろう? 昼にはなっていないと思うが」
「うむ」
ミジーソが応えた。
「まあ腹が減れば昼時ということで、いいのじゃないか?」
「アバウトね……三人の内誰を基準にするかでお昼時が変わってくるわね」
「わしはそろそろでもいいぞ」
「ミジーソ殿? さすがに、早すぎよう。そうね、朝と昼の半分手前ってくらいじゃないかしら?」
二人の会話を後ろに聞きながら、ミシンは淡々と先頭を進んでいた。手にはランプを下げている。
地上を行けば、二日程度で山岳のふもとに着くということだった。地下を行けば、速度も些か落ちるし真っ直ぐでない箇所もあるとのことで、もう一日くらいはかかると見ていいだろう。
「ミシン?」
イリュネーが声をかけてくる。
「うん……?」
ぼそっと消え入りそうな声を返す。
「一応、大丈夫? 無事の確認の意味も込めて、話してあげてるんだから、何か言いなさいよ。そんなぼんやりした様子じゃ、あなた先頭を歩いてるんだから、どこかに迷い込まされそうで、不安」
「いや、別にぼんやりなどはしていない。考え事をしていただけで」
ミシンは山岳に出たその先の木馬探索のことまで考え及ばせていたので。
「ぼんやりなどはしていない。じゃない! 考え事しながら歩いているなど、ほとんど同義ではないか! ちゃんとしっかり前を見て、歩きなさいよ。地下泉に、落ちるわよ?」
イリュネーがミジーソを押しのけて、ミシンの肩をどん、と叩く。
「お、おいわしが落ちてしまうわ」
ミジーソは大きな身体をよじらせ岩肌の壁に掴まる。
「いや、しかし、歩くのに疲れたら地下泉に浸かって休めばいいのう。昼になれば、地下泉に浸って昼食にすれば……こりゃあおつなもんじゃ」
「ちょ……それは困る! セクハラだ。わ、私は入らないからな。ミシンも、私の前で、は、肌を晒すとか、しないように!」
「できないよ、それは。僕は聖騎士だから」
「ああ……そうね。そうでした」
しばらく歩き、ミジーソのお腹を基準に早めの昼食をとり、またしばらく歩いた。
やがて一行は、どこかで小さな滝の流れるような音がするのを聴くようになったが、それは壁の向こうの方々で聴こえているようであった。水位や水の流れに変化はないが、音には注意を傾けながら一行は進んでいく。地下泉の幅はまた徐々に広がりつつあった。




