温泉地の出来事(三日目)
次の日も雨はやまなかった。
ミシンはもしかしたらまた雨の中にあのきりんが見えるのではないかと、温泉地でいちばん高い楼閣にのぼってみることにした。
尖塔の頂までのぼってみて、はっとした。そこにいたのは、イリュネーだった。
「私も……こないだ、あれを見てから妙に気がかりになってな」
「冷たくはないか?」
「まだ、来たばかりだ」
何も、見える気配はない。ただ、雨があるだけ。白く煙る雨。
無言で、楼閣の小さな尖塔の頂に立つ二人。
雨は屋根がしのいでいるが、横合いからも振り込んでくる雨粒に、二人は濡れている。雨はそんな二人を、恋人のように見せてしまっていたのか、姉の居場所を聞いてやってきたイリュオンは、
「姉じゃ。ずっとこんなとこにいては……あ、その、邪魔をするつもりはなかったのだ」
「あ、あのなあ」
ミシンは少し慌ててしまった。この雨の中にイリュネーと二人並んでいることの、心地よさに似た感情を抱いてしまっていたことに気付いたので。
「何だ。イリュオン、用事であったか」
イリュネーの方は至って平静であったが。
ずっと二人で見張っても埒も明かず、イリュオンの心配するように風邪をひいてもいけないので、兵を交代で見張りに立たせることにした。
夜、ミルメコレヨンらがいなくなっていた。
「なっ。あいつら、また……」
三人分の夕飯が残されたままで、部屋を訪ねたがおらず、どうやら館内のどこにも見当たらないらしい。兵にもそこらじゅう探させたが、とイリュオンは話した。
「僕の責任だ。僕の部下だし、それに、さき、おかしな兆候もあったのだ……」
「あの三人はそもそもどういう者なのだ?」
「ミルメコレヨンは都の騎士には違いないが、出自がいまいち知れない。彼が連れている従者に、何らかの特別な力があるらしい。魔法……とは思えないが、さきの戦いで、敵の、彼曰く〝術者〟の居所を言い当てたのだ」
「宿内にいないのなら、この雨の中どこへ……?」
「もしかしたら、きりんを追っていったのかもしれない」
いや、そうに違いない、とミシンは確信的に感じた。
「貴公が、姉じゃと見たというあの……か」
「ああ。そのことを話したら、様子がおかしかった。何か知っていたのかもしれない。問い詰めれば、よかった」
「ともあれ、今、外には……増水しているというのだ。彼らの捜索に兵を出すわけにもいくまいぞ。そもそもほとんど自殺行為ではないか」
そういうやつらなのだ、あれは。ミシンは思い、「僕が行こう」と告げた。
「しかしミシン殿……」
当然イリュオンは止めたが、ミシンは増水しているようなとこへは行かない。とりあえずごく周辺を探ってみる。近くにいるかもしれないので。と言って外へ出ることにした。




