木馬(2)
今回の敗戦の後始末や、ケトゥ卿逝去の後事に近臣達は丸二週、三週と休む間もなく取り組んでいた。
ミシンは、これだけのことがあったのだから、当然、都にも報告を遣り、援軍を乞うことをするのかと思っていたのだが、逆に都にはこのことが知れないようケトゥ卿の死自体隠され、都には一報すら入れないとのことだった。ケトゥ卿の葬儀も行われなかったのは、このためだ。
ミシンは都から来ている特殊な例だが、このことは都にはいかなる方法でも漏らさぬようにしてくれと、頼まれた。境界には境界の仕来りがあり、境界のことは境界で何とかする、そういうものなのだとのことだった。近臣達の目は鋭く、ほとんど決死のようなものだと思われた。
ケトゥ卿には、子がなかった。
血縁であり、若くて資質もあるヒュリカを、近臣達はケトゥ卿の跡継ぎに選んだ。実子ではなく養子はいたのだが、多くの近臣がヒュリカを持ち上げた。
*
ヒュリカとミシンは夜、城の尖塔の頂で、向かい合っていた。
この高さの尖塔に上ったことはミシンにはない。地上で感じる濃い生の空気とは違い、どこか厳かなものすら感じられる。
遠く外縁へ続く境界の地平と森は今は闇の中に消え入っているが、その向こうに広がっている空の、不穏さを孕んでいて且つ静謐で重たげな色。水の霧は深く、深くなってその空に馴染んでいく。
ここで触れる空気は少しつめたく、薄寒いように感じられた。
「ケトゥ卿の近臣達は、軍の再編を着々と進めているわ」
「うん……」
ミシンは、ヒュリカがミシンをここに呼んでくれたのは、嬉しく歯がゆい思いもあったが、今はヒュリカはその身がこれまでになく重大な役割を帯び、深刻さを伴っているのを見てとっていた。
「私はおそらく今度は軍の大将として、戦地に赴くことになる」
「なんだろうな……」
「ミシンを、副将に、という声もある」
「それは……」
前回の部隊長らの三人は生きておらず、イリュネーは復帰できるかどうかわからない。勿論、まだ城には将校がいるが、バッシガに次ぐ老将らは老いてバッシガのようには力を振るうことができず、他は、実際に戦地――境界の奥深くまで赴くことは避けたい者が多いらしかった。
「まあ、少数派みたいだけどね」
「そ、そっか」
少しの期待外れと、少しの安堵があった。
「でももしそうなったら、私はミシンに多分に、頼ることになる――」
そう言うヒュリカの目が、ミシンの目をしっかりと見ており、ミシンは逸らしてもう一度視線を戻しかけて、見た。
ヒュリカの後ろの空に、飛んでいくもの達。
「木馬――」
木馬の、群れ。
えっ、と言ってヒュリカも振り向いた。
その時には、木馬は四方へと散って、めいめいに小さなしかしはっきりとした光を保ちながら、境界の夜空を駆けていく。
二人はそれを目で追いつつ、見えなくなるまで暫く無言で空を見つめていた。
(レチエ……きみは、この境界の危機を察知しているのか? それとも、きみに何かが起こっているのか? きみは何かを、伝えようとしているのか……)
「真相はわからない」
ヒュリカがそう呟いた。
「だけど、あの木馬を追わなくては。それしか、敵に勝つ方法はないでしょう?」




