木馬(1)
ミシンは、その二日後にヒュリカに会った。
ヒュリカは、あの木馬が弱っていることをミシンに告げた。
「さきの戦いで、力を使い果たしてしまったのかもしれない。私達にとってこれからの、唯一の希望の光だと思えたのに……」
「……」
ミシンも、押し黙るしかなかった。
ミシンは、ヒュリカに何故あの戦いで彼女は一時姿を消しており、どこで木馬を見つけていたのか、帰還後に聞いていた。
ヒュリカはライオネリン隊と東の砦に赴いた際に、ライオネリン隊に砦の攻略を任せた後、城外戦を演じることとなった。ヒュリカ隊は、まだ朝の時刻なのに突如として真っ暗になる景色の中で、呪いのような声を聴いた。すると兵馬は次々と倒れていく。
ヒュリカはその中、こちら目がけて走ってくる一筋の光を見つけ、夢か現かもわからぬ内それにすがってそこを脱出していた。
ヒュリカはそれから長い間――という実感だけはあったが時間も空間もはっきりと認識できない光の中を彷徨しつづけ、ぼんやりとした意識で、いつしか自分が光に乗っているのだということに気付いた。そこから意識ははっきりとしてきて、ミシン達が助けを求めて走っているのが見えたという。
ヒュリカは後で自身の隊が自分一人を除いて全滅していたことを聞き、悔やんだが、必ず再び自ら戦線に赴き境界を自分達の手で取り戻す、という決意に変えた。
伯父にあたるケトゥ卿のあの衝撃的な変貌劇について彼女は多くは語らなかった。ただ卿がいなくなったことは、これからの境界にとっても大事である。
「今は何も言えない……」
ヒュリカは静かに言った。
「気持ちが、ついてこないというのだろうかな。あんまりなことすぎて、涙も出ない。悲しい気持ちを通り過ぎて、平静になってしまった」
面を上げて、ヒュリカは続けた。
「今はそれでいいのかもしれない。悲しみに暮れている時間はない。これからのことを考えないといけないから」
ミシンはただ、それに頷いた。
それから数日後に、木馬は完全に動かなくなってしまった。
「これは、レチエの木馬だったんだ」
薄暗い馬屋で、木馬の前にしゃがみ込んでいるヒュリカに、ミシンは話した。
「都のものだったのか。これは境界に属するものではなく……」
ヒュリカは抑揚なくそう呟いたが、ミシンを見て、
「……けど、あなたに引かれて、ここへやった来たのであるなら……」
考え込むようにそこで言葉を切ってしまったが、最後にふと、
「レチエ、というのは、あなたの恋人なの? ミシン」
と付け加えて問うた。
「違う」
ミシンは、慌てげもなく平静に述べた。
「そうではない……あの人は僕とは、合わない」
どういう言い方がいいのかミシンにはわからなかった。ただ違うというだけでは、説明できない気がして。レチエは、特別な存在ではあった。ヒュリカやイリュネーのように、戦友、と言えるのでもなく。
ミシンはそれから、しかしもしレチエの魔法の灯かりが境界にとっての救いとなるのなら、レチエに力を借りることはできないのだろうか? と思い、だけど今はまだレチエに会うことはできないかもしれない、という思いもよぎった。
その時にふと、レチエにはもう永遠に会えないのではないか、という予感にも襲われたが、何故そう思ったのか、一瞬の思い違い、とその思いを振り切った。




