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境界戦記  作者: k_i
第2章 境界戦
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遭遇戦

 三日目。昨日の斥候の報告に基づき、前線部隊はこの日一気に、勿論注意深く、砦の区域まで駒を進めることにしたという。

 戦闘が発生しなければ日中の内に、発生してもこれまでのように順調に勝てば夕刻までには、目的の地点まで到達する。

 ミシンらもこれに続いて移動する。

 移動がメインになるため、これまでの行程と比べると、倍以上の距離移動することになる。

 また、ミシンは、前線が目的地に着いて無事陣を確保できた時点で、物資を前線に輸送する任を言い渡された。


 午前中、戦闘は起こらずに部隊は歩を進めた。

 昼の休憩時、イリュネーはいつものようにミシンらの陣を訪れなかった。

 イリュオンは「姉者は今日は来んのう。まあ今日はこれまでのように余裕はないしな」と言っていた。

 ミシンはそのことについて特に触れることはしなかった。


 昼過ぎ、行軍を再開し、夕刻前には前線が目的地に達したとの報を受けた。

 戦闘は一度もなかったようだ。

 少し遅れて、後方のハイオネリンの部隊から、前線へ輸送する物資が届けられた。ミシンは自ら兵七名を連れ、これを前線まで運ぶことになる。

 

 境界の日は暮れつつある。

 ミシンは輸送物資を運ぶ兵らと、足早にイリュネーの隊を過ぎた。

 イリュネーの部隊はまだ、移動中だ。

 前線部隊はすでにかなり先へ移動を済ませておりそこに陣を張っていることになる。イリュネーの隊は、中軍と距離を空けすぎないようにゆったりめな速度で移動しているのだ。

 イリュネーに一言挨拶を述べていこうと思うが、見当たらず、聞けば前線部隊に用向きがあり、三騎で先に駆けているのだという。ならばこの先で戻ってくる彼女に会うか、それとも前線部隊で会うことになるかとミシンは思った。

 

 四半刻は経たない内、前方の森の小脇で動く影が見えてくる。ミシンは、はっとした。

「敵……か?」

 続く兵らにもそれを告げ、速度を緩めてそれに近づく。

 奇怪な形には違いない。

 〝敵〟だ、と悟った。

 行く手を塞いでいるわけではなく、こちらに注意も向いていない。

 避けるべきか、と思った。が、そこで更に状況がわかってくる。

 倒れている影が、二つ、三つ。その上に何かが乗っているのだ。

 首の細くて長い、病的に青白い肌をした気持ちの悪い生きもの。その下の影は、そう思いたくはなかったが、三騎で発ったというイリュネーらか……

 ミシンは剣を抜いて馬を降りた。

 ミシン殿気をつけなされ、と、続く兵も剣を抜く。

 ミシンは二人にすぐ、後方の第四隊にこれを知らせるよう伝えた。少数で勝てる相手かどうかわからない。


「おい……」

 ミシンは、味方にでもその怪物らにでもなく、声をかけるよう発した。

 下になっている影に反応はない。もしかしてもう……

 ぴちゃ、ぴちゃと水の滴るような音。

 ミシンは剣を振りかぶり、怪物の首目がけ振り下ろした。

 鈍い手触りがあり、何かがぐにゃりと曲がったという感覚だけが、手に伝わり、身体全体が包まれる。そう感じた次の瞬間にミシンは、周囲の空間が違っていることに気が付く。兵がいない。ぴちゃ、ぴちゃと音を立て、首のない人の死骸をさきの化け物が貪っている。

「う、うわあ」

 三体の同じ病的な生きものがそれぞれに下敷きになった死体からぴちゃぴちゃと死肉を吸っている。


 ミシンは化け物目がけて、無茶無茶に剣を振り回した。鈍い感覚。鈍い感覚…… ミシン殿! ミシン殿しっかり! と声がする。兵らの声だ。辺りを見渡すと、一瞬自分の身体が浮いたような感覚がして、どっ、とその場に尻もちを付いた。すると、空間が戻っていた。

 化け物は、死んでいる。

 斬ったのか? いや、斬った痕はないが……


「ミシン……?」

「うっ?」

 後ろから声がして、振り向いた。

 イリュネーだった。


「無事……なのか。ど、どうなった? 一体……」ミシンはわけがわからなかった。自分は幻覚に陥って、その間に戦闘は終わっていたのか。あんなに剣を振り回して、尻もちまで付いて、何と無様な……

「あ……っ」

 イリュネーが何か言いかける。

 さきの無様を一笑でもするかと思ったが……それから口を閉ざして目を逸らせてしまった。

 マントや着衣には、争ったときのものだろう土が付着して汚れている。髪も少しはねている。表情はしごく真面目で、聞き取れない程だったが、ありがとうと呟いたようにも思えた。

 どういうことか訝しく思う。聞き間違いか、と思った時、イリュネーの部下の二人が「ありがとうござった」「命拾いした」と口々にミシンに礼を述べてくる。


 兵らに、何があったのか聞くと、ミシンは化け物と数秒向き合った後、一太刀をくれて化け物をその場に沈めたのだという。

 ミシンが自分は必死で剣を振り回していたのだが……と説明すると、イリュネーの部下のパシカが言うには、それはどうやら敵の領域に引き込まれてそこで戦闘をしていたのですな、とのことだった。


「敵の領域に引き込まれながら、よくぞ敵を倒されましたな。しかし、だからこそ倒せた。私も敵との勝負の場所を探っていたのですが、見つけることができず、一進一退だったのです」

「ふん……」とイリュネーはいつもの態度に戻って、「敵も、勝てそうな相手と見たからすぐに領域に引きずり込んだんだろう。油断したのだな」と言ってようやくミシンの方を見た。

 そうすると思わずというようにまた「あ、……」と発して、ややあり、「何か?」と訝しむミシンに、

「あ……ありがとう」と返すのだった。


「ああ、……まあ、な」

 素直なイリュネーだと思ったが、危ういところだったのだし、それはそうかとミシンは思った。


 念のためと周囲を警戒していた兵が、後方から第四隊が近づいてくるのを確認した。

 ミシンは輸送物資を届ける途中だったことを告げ、このまま先へ進むことにした。

 イリュネーの方は急ぎの用向きではないため一度、隊に合流すると言う。


「ヒュリカのところに?」

「ヒュリカのところにも、当然行くけど……物資を届けないと、いけないから」

「ふぅん……」

 イリュネーはそう言うと部下らを促し、近づいてくる本隊へ馬を馳せていった。パシカが立ち止まり、「そうじゃもう少し、第四隊から兵を付けさせようか。さきのこともあったし……」と言ってくれたが、ミシンは大丈夫だろうと判断した。

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