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境界戦記  作者: k_i
第2章 境界戦
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夜の訪問

 夜のまだ早い時間、陣中に訪問者があった。


 部隊長に面会に来たというのは、イリュネーだった。

 ミシンは不用意にも、少し期待を感じてしまった。

 イリュネーが自分に用向きとは、もしかするとこれまでの態度を改める気になったのか、ああいった態度は単に戦場での表向きで、無事こうして初日が終わって共に戦う部隊長として話をしにきてくれたのか。

 が、そんな期待は間違っていたのだとすぐ悟ることになった。


「は……? あなたに用はない」

 イリュネーはきっぱりと言う。

「イリュオンを出しなさいよ」

「なっ」

 ミシンも期待を裏切られ些か以上にかちんとくるものがあった。

「部隊長に面会と聞いたので、わざわざ、出てきたのだが」

 ミシンは少し強気にそう突き返した。

 イリュネーも、はあ? と言って言い返してくる。

「だから実質、イリュオンでしょ」

「じゃあ、そう思っているのなら、イリュオンを最初から呼べばいいだろう。なぜ、わざわざ僕を通す。本来この隊の部隊長である僕を、だ」

 ミシンは語気を強めた。

 イリュネーはそれに少し身を引く様子を見せたが、

「わっ、私は最初から、部隊長、じゃなく小隊長に用向きが、ってふうに言ったけど」

 と再び身を乗り出した。

「おお姉者」

 イリュオンだ。

「なんだ来ていらしたのか。何か御用ですか」

「別に……中軍の様子を、心配で見にきただけだ」

「ふむ。この通り、抜かりはございませんよ」

 姉弟揃って、なんだか、何なんだろうとミシンはため息ついた。

「お茶でも飲んでゆかれては?」

 とイリュネーを引き留めるイリュオンに、ミシンが面倒なと思っていると、意外にもイリュネーはすんなり「帰る」と話した。


 馬に跨るイリュネー。

「姉者、一人か。部下も連れずに……もう夜ですぞ。陣はすぐ近くと言え、ここは境界を随分と入り込んだところ」

「私の武勇は知っているだろう」

「しかし姉者の得意な弓は、至近距離で何か事が起これば危うい。剣を扱う者を必ず、身近に置いてくださいと。バシウマとパシカは?」

「あいつらは大食らいの上に食べるのが遅いので置いてきたのだ。私はとても小食なのでな」

 ミシンがどうでもいい会話を聞いていると、二人がミシンの方を見ている。

「ミシン殿。頼む姉者を」

「早くしなさいよ」

「なっ」


 ミシンは自身は部隊長の身分なのだがと再度強調したが、イリュオンに「わしは参謀科出な故、夜に剣を振るう自信がない」など頓珍漢なことを言われ、イリュネーはイリュネーで自分が一人で来ておいて「私だって部隊長なんですけど」と言い、結局うやむやのままミシンは馬に跨り、イリュネーを彼女の陣まで送っていくことになっていたのだった。


 イリュネーの陣まで、ものの数分のことではあったが、会話は全くないままだった。

 イリュネーはミシンを見ることもなく「ご苦労」とだけ言い、さっと陣中に引き下がっていった。


 ミシンは一人で境界の夜にゆっくりと馬を駆った。

 敵の気配などは感じられない。

 濃くなった水の霧に浮かぶ、滲んだ星がきれいだ。

 こうして一人でいると、境界の空気をひしひしと感じる。城下の辺りよりも、更に濃くなっているように思う。


 自陣に近づくと、灯が見え、ミジーソが兵数名と来てくれたのだとわかる。

「まあこの辺りはもう心配なかろうが、仮にもあなたは部隊長なのです」

「うん……」

 ミシンは一応イリュネーのことを説明すると、ミジーソはもしかすると主に送り迎えなどさせたことに腹を立てるのではないかと思ったが、そのようなことはなく、はっは、と笑い、「境界のおなごはやはり、そのようなものじゃったかな」とだけ言うのだった。

 ミジーソにも何か個人的な思い出とかあるのだろうか。思ったが、今は聞くのは留めた。


 陣のすぐ近くまで来ると、イリュオンも灯を携え出てきて、まがりなりにも迎えてくれるのだった。

「早かったのう。せっかくなのに、姉者と話でもしてこんかったのか」

「ご苦労とだけ、あなたのお姉さんは、言ったよ」

「はあ、まあそれはそうじゃが……?」


 どういうふうに見たら、イリュネーが話でもしようという態度なのか、参謀科出というイリュオンの頭もそっちの方はなかなかおめでたいものだとミシンは思った。

「むしろだな、なんで僕はあなたの姉にあんなふうに仕打ちを受けなければならない? 何か、したのかな僕が……」

「しうち? とは……何か。わしもわからぬ。どこか姉者の機嫌でも悪かったか? おぬしは姉者に何か失礼なことを言ったのか?」

 それはこっちが聞きたいのだが……とミシンはふてくされる思いだった。


「うーむ。姉者も確かに年頃。年頃の女子には、デリカシーというものがあると聞く故に、な……」

 イリュオンは暫く考えんでいたが、やがて幕舎へ引き下がっていった。

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