一周忌 ~それから二か月~
一周忌も終え、C県へと俺が戻って、二か月後。
世間は年末モード真っ盛り。街のそこかしこに活気があり、誰もが忙しいような浮かれているような、そんな雰囲気の午後九時少し前。
「倉橋君、あとは店外のものをすべて引っ込めてくれないか」
「わかりました、猫地店長」
俺は店長とともに、勤務先のドラッグストアで閉店の後片付けをしていた。
「すまないな、せっかくのクリスマスだというのに、通しで仕事をしてもらって」
猫地という珍しい苗字の店長が、片付け中にそんなことを謝罪してきた。
さすがはクリスマスというか、バイトはおろか、正社員まで希望休を出していた日で、作業する人手は少ない。
「別にいいですよ、予定なんかないですし」
「そうなのか? 彼女とかは?」
「……そんなの、いませんって」
店長は悪いことを訊いたと思ったのか、バツが悪そうに会話を打ち切ってきた。
俺は特に何も思わずに、黙々と閉店作業を続ける。
性の六時間、今年は正拳突きでもして過ごそうか。ああ、そういえば────妹と会話する約束してたっけ。
「……よし、九時になったことだし、店を閉めよう。倉橋君、お疲れ様」
今後の予定をぼんやり考えていた時に、店長に仕事終わりの挨拶をされ、おざなりに俺が返事し、今日の仕事は終わった。
着替えて店の鍵を閉め、店長と二人で外へ出ると、とても冷たい風が吹いている。
────人肌が恋しくなるような。
「それでは、また明日」
「はい、お疲れさまでした」
特に何の感情も込めず機械的にそう言って、俺は自分の寮へと向かった。
まあ、寮と言っても、個室のアパートみたいなもので、共同生活のなんたらは特にないわけだが。
スーパーマンのように飛んでくる風を顔に受けながら歩いていると、胸ポケットに入っているスマホが突然振動する。
『お兄ちゃん、今どこ?』
確認すると、妹からのメッセージだ。
「『今帰宅中だ、あと五分くらいで寮に着く』……と。ほい、送信」
ひとり暮らしをしてから癖になってしまった独り言は、気をつけていてもついつい出てしまう。
『じゃあ、帰宅したら、またメッセージ送ってー』
俺がメッセージを送信すると、間髪入れずにそう返ってきた。
「ははっ、そんなに話すのが楽しみなのか、あいつは……まったく」
一日の労働の疲れが吹き飛ぶようなメッセージに、顔がほころぶ。まわりに誰もいなくてよかった、こんな顔で一人歩いていたら通報されかねないからな。
そんなうちに、寮に着いた。俺の部屋は一階の角。105号室だ。
鍵を開ける前に、手にしたままのスマホで、妹にメッセージを送る。
「着いたぞ」
すると、送信したわずか数秒後に、通話着信がやってきた。もちろん相手は言わずもがな、である。
「……もしもし。早いな、おい」
ドアのカギを開ける前に、思わず通話を始めてしまう。空いた左手で、必死にカギをポケットから出そうとしていると。
「『……こんばんわー、デリバリー妹でーす』」
なぜか、スマホの音声より早く、背後から同じ声が飛んできた。
ディレイのかかったその音声に慌てて振り向いた俺は、ポケットからカギを落としてしまい。
「お兄ちゃん、お仕事お疲れ様」
シャラーン、という音とともに、妹の生声が静かに響いた。
「……おま……」
「えへへー、びっくりした? アルバイト頑張って、旅費ためたんだー」
赤いコートに白いマフラー。防寒装備でスマホ片手にしれっとそう言ってくる妹。
────俺が、それを目の当たりにして、思わず泣きそうになったことは内緒だ。
「……すぐ会えるってのは、こういうことかよ」
「うん。わたしは期待を裏切らない、できる妹!」
「……ばっかやろ。寒かっただろうに」
「ううん、あったかいよー。心が」
妹の手を握ると、冷たさと温かさが同時に感じられた。俺はそのまま引っ張り、落としたカギを拾ってドアを開けて中に入る。
────まったく。だから必死になってバイトしていたわけか。
「新幹線で来たのか?」
「うん。仕事納めになったら、お母さんもこっちに来るって」
「……はい?」
「それで、家族三人で新年だよー。寂しくないね、お兄ちゃんも」
ドッキリじゃねえっつの、まったく。おふくろもタチが悪いな。旅行気分に違いないわ。
それでも。
家族がそろうことは、素直に嬉しい。
────って、いやいやいや、ちょっと待て。
「まさか……おまえ、新年までここにいるつもりか?」
「そだよ。お母さんは二十九日にこっちに来るって言ってたから」
「……」
「それまで……二人っきりだから、たくさんイチャイチャできるね、お兄ちゃん」
「…………」
「あ、あとね、前に可愛い下着を上下で揃えた、って言ったじゃない?」
「………………」
「実は今、それをつけてまーす! えへへ、見たいでしょ?」
「別に」
「照れなくてもいいのにー、むっつりスケベのお兄ちゃんたら」
「……………………」
「あ、あとねー、もひとつ。みかっぱちゃんマキちゃんディーちゃんから、伝言があって」
「…………なんだよ?」
「『末永く爆発してください』とのことでしたー!」
「…………………………」
あったま、イタイ。
何このどっかのリア充が喜びそうな展開。兄は喜ばないけどな、手放しでは。
「プレゼントは、かわいいかわいい妹だよー! さあ、召し上がれ」
「下痢どころか赤痢になりそうなので、断る」
「照れなくてもいいって。……今日は大丈夫な日だから、朝までOKだよ?」
「俺の神経が大丈夫じゃねえわ!!!!!」
冗談に冗談を重ねたおかげで、どこまでが本気なのかわからなくなってきた。
漫才のような話し声だけで、隣から壁ドンされそうである、クリスマスイブ。
俺がその時、ふと本棚においてある、自戒のために飾っておいたオヤジの写真を見ると。
────仕方ないなあ、とばかりに、困ったように微笑んでる────ような気がした。
──── 番外編 『一周忌』 完 ────
これにて終了です。
では、またどこかで。




