一周忌 ~兄妹のかたち~
一周忌、とか言いつつ、一周忌の内容については触れません。
翌日。一周忌は、つつがなく終了した。
今回は親族のみで執り行ったので、西野兄妹の父親は呼んでない。それが平穏のうちに終えられた一番の理由かもしれない。
また尻とか触られたりしたら、一周忌どころか殺戮の宴になりそうだからな。
――――功貴と美月は、元気だろうか。
卒業式の日以来、まったくうわさも聞かないが。
「……そういやさ、すみれ」
「ん? どうかした?」
会食の後片付けを終えて、少し落ち着いたところで、妹に話しかけた。
「おまえ、西野っていう、俺が在学中の時の生徒会副会長、憶えてるか?」
「へ? 会長だった、西野先輩のこと?」
「……会長?」
俺の記憶が古いもののせいか。
どうやら、功貴はあの後生徒会会長になったようだ。
「……って、三年なのに会長に立候補したのか?」
「そうだよー。大学推薦狙ってるみたいだって。西野先輩の妹が生徒会書記になったから、兄妹で生徒会って一時話題になったかなー」
「……ああ」
なるほど。美月は、去年中学三年生だったもんな。兄と同じ高校に進学したというわけか。
ひょっとして、功貴は美月と一緒に生徒会をやりたかったから、三年生なのに会長に立候補したんではなかろうか。
「……そうか」
「? お兄ちゃん、なんで笑ってるの?」
「いや、あっちの兄妹も仲がよさそうだな、と思ってな」
もう一組の実の兄妹がほほえましくて、俺は安心した。
困難を二人で乗り越えたおかげで、きっとあいつらも、絆レベルがアップしたに違いない。
そうして、俺の脳裏には、さらにもう一組の兄妹のことが浮かんできた。詳しい事情が昨日聞けなかったからな。
「……そういや、雅弘君とあかつきちゃんって、どんな関係なんだ? ただの兄妹ではなさそうだが」
「あの二人は義理の兄妹だよー。あかつきちゃんはローカルアイドルやってたんだけどね」
「ローカルアイドル?」
「うん。『QP まよねー’s』って、節熊市限定で活動していたアイドルなんだけど、知ってる?」
「…………あー!!!」
思わず叫んでしまった。確か、済生銀行のCMに出ていた、あの三人組だ。『ごじてらワロス』ってローカル番組で特集組まれていたのを見た記憶がある。
そういや、センターの子の名前は”あかつき”だったような……前髪が長くてメカクレ気味だったから、気づかなかったわ。
「でね、メジャーな芸能事務所から声がかかって、全国デビュー予定だから、来年になったら二人で上京するらしいよ」
「二人で……? 親御さんとかは?」
「結構前に再婚したらしいけど、父親が酒乱で、母親が育児放棄してるという複雑な家庭って聞いたかな。だから、兄妹で生きていくために、今はバイトで上京資金貯めてるんだって」
「……」
「マスターが亡くなったマー君の父親の弟で、そのあたりの事情が分かってるから、あと押しをしてるみたい」
なんとも笑えない事情がある兄妹だ。だが、あのふたりからは暗さなどみじんも感じられなかったように思う。
「……そうか。うまくいくといいな」
「そうだよね! もしあかつきちゃんが有名になったら、一緒にバイトしてたってみんなに自慢するんだー!」
想像でしかないが。
暗い過去のことなど引きずらないで、無限の可能性を秘めたふたりの未来に、まっすぐ進んでいる雅弘君とあかつきちゃん。
――――俺たちも見習わないとな。兄妹として、ふたりには幸せになってもらいたいものだ。
俺はそんな願いとともに、帰宅する準備を始めた。
……上京したら、そのうちまた再会したりして。まあ、それはできすぎな未来か。
―・―・―・―・―・―・―
さすがに妹も今日はバイトを休んだ。帰宅してダラダラと過ごしたのちに、晩飯。
今日はちらし寿司だった。もちろん作成者は妹。必死で俺の好みのものを作ってくれているらしい。
「……ありがとな」
妹は何に対しての礼なのかを、わかっているのかいないのか。あいまいに「どういたまして」とまとめ、昨日よりも静かに食事は進んだ。
明日の朝には、俺はまたC県へと戻らねばならない。やつもそれを考えているのか、テンションはやや低めだ。まあ、昨日の夜の黒い悪魔事件で、ひどい目に遭ったせいもあるだろうが。
また、忙しい日々が始まる。憂鬱気分。
帰郷するのが怖かったなどというおとといの心境が嘘みたいに、今の俺はこの家から離れがたくなっている。
きっと俺は、帰郷する前は、兄妹としての絆が、予期せぬ方向へ変わることが怖かったんだろう。
焦り、嫉妬、気の迷い、離れている距離。それらをすべてひっくるめた、俺たちの間に存在した不安。
今は――――どうだろうか。
入浴も終え、昨日と同じようにあとは寝るだけの状況で、いろいろなことをぼんやり考えていると。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
これもまた昨日と同じように、デリバリー妹が来訪してきた。
「おう……?」
扉が開いた先に立っていた妹は、片手にハエ叩き、もう一方の手にゴキコロリスプレーを持っていた。
「……Gハンター装備じゃねえか」
「当然だよー! ゴキブリは一匹見つけたら、五百匹はいると思えって言うじゃん!」
「部屋中がゴキブリで埋まるぞ、それ」
昨日、自分のふとももを這ったGの感触が、よっぽど恐ろしかったらしい。妹の目が必要以上に血走っているのが、必死さを感じさせる。
「おかげで昨日の記憶が抜け落ちてるよー、もったいない!」
「別に何もなかったがな」
「……ほんと? お兄ちゃん、わたしが気を失ったのをいいことに、えっちないたずらしてないの?」
「出てけ」
「じょーだんですじょーだんですお兄様!」
部屋の外に押し返そうとする俺に逆らって、妹が部屋内に不法侵入し、ベッドを背もたれにして床に直に座った。
「……」
「……」
お互い、どちらかが何か言い出すのを待っているような沈黙。
「……明日、朝七時に帰る」
仕方なく、俺のほうから業務連絡を切り出すことにした。膝を抱えこんで、俺のほうを向く妹の目は潤んでいる。
「……見送りには、行かないね。わかってても泣くから」
先ほどの軽口とはうってかわって、ややしんみりとした口調でそう話す妹に、俺は無言で頷き返した。
こいつに泣かれると、俺も後ろ髪を引かれるようになるから、それでいいかもしれない。
「年末は、帰れない。すまないな」
首を左右に振る妹に対し、すまない、以上は言えなかった。
「大丈夫、理解してるよ。それに……今はわたしが頑張るときだから」
「……」
「わたしたちの、永遠のためにね」
俺たちの関係におけるキーワード、永遠。
それは言葉にすればあまりにも陳腐で、手に入れるのはとてつもなく難しいもの。
――――それでも。
「……ああ。寄り道すんじゃねえぞ。俺の妹は……おまえだけなんだからな」
別れて他人になる恋人より、別離れいても絆がより一層深まるような、永遠の兄妹であろうとする、俺たち。
こんな幸せな関係、他に――――あるわけがない。
「うん。期待は……裏切らないよ。絶対に」
「おう」
「だから、お兄ちゃんも……」
妹のセリフをさえぎり、俺は自分のベッドから降りて、妹の隣に座った。
「阿呆。あのパフェを全部食うなんていうとんでもない期待より、難しいことなんてないだろうが」
「……」
「今までも、これからも、な」
「……うん」
「だからおまえは、焦らず、一歩一歩、迷わずに……追いかけてこい」
そう言い切った後、俺の肩に頭をのせてくる妹を、思わず抱きしめそうになった。が、俺にはまだ、そうする資格はない。
それでも、心は穏やかだ。焦らない、迷わない、裏切らない。そう決めたから。
「……あ、そうだ。お兄ちゃん、年末は仕事?」
「当然だ」
「じゃあ、クリスマスあたりは?」
「当然だ」
「そっか。じゃあ、仕事が終われば職場の人とクリスマスパーティーでもするの?」
「そこまで仲がいい同僚はいない」
「ふーん、そっか。じゃあさ、クリスマスの夜は、空けといてよね」
「空けなくても空いてるわ。なんだ、通話でもするか?」
「……うん、話そ」
「わかった」
不思議な感じの会話で二か月先の予定を埋めたあと、しばらく兄妹で身を寄せ合っていると。
ほわほわした世界の中で、不意に眠気が襲ってきた。
「……眠くなってきた」
「お兄ちゃん、明日早いもんね。そろそろ寝よっか?」
「……」
「……お兄ちゃん?」
意識が幸せなままフェードアウトしようとしている。
「……あ、そうだ。パフェを完食……、ご褒美がまだ…………ね」
最後に耳に届いた、妹のとぎれとぎれの言葉すら認識できないまま、俺は闇に落ちた。
――――何やら唇に触れる、柔らかい感触とともに。




