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残念美少女と呼ばれる妹 〜ほんわか兄妹〜  作者: RF
残念美少女と呼ばれる妹・番外編
69/73

一周忌 ~使い魔降臨~

 自宅へと到着して、俺はしばらく使われていなかった、元・自分の部屋へ入った。そして部屋の明かりをつけると。


 ――――そこには、結構な速度で部屋内を縦断する、黒い悪魔(ゴキブリ)がいた。


 俺は履いていたスリッパを脱いで右手に持ち、正義の鉄槌を打ち下ろしたが、残念ながらあっさりとかわされ、見えない影へと逃亡されてしまった。悪魔との戦いが不完全燃焼で終わってしまったせいで、部屋で休む気が一気に失せて、俺は仕方なく階段を下りて、おふくろに尋ねることにする。


「おふくろ、ゴキコロリスプレーとかゴキブリポイポイとかなかった?」


「スプレーならあるけど……どうしたの、ゴキブリが部屋にいたの?」


「ん。さすがに落ち着いて寝れない」


 その言葉を受けて、流し台の下の棚を開け、中からスプレー缶を取り出し、それを俺へと差し出してくるおふくろ。


「まあ、しばらく使ってなかったからね、あなたの部屋。掃除もしてないから、ほこりたまってるかもよ」


「さんきゅ。まあ寝るだけだし、そこは気にしない。じゃあ、G殲滅作戦に参加してくる」


「健闘を祈るわ」


 おふくろの激励を受け、再度部屋(せんじょう)へと舞い戻った俺だったが。

 そこで待機すること一時間余り、敵の姿は残念ながら捕捉ほそくできなかった。


 心が折れかけていた俺を、『ごはんだよー』と呼んでる声がする。再戦を誓い、俺はいったん戦場を立ち去った。


 ―・―・―・―・―・―・―


「じゃじゃーん!」


 食卓についた俺の目の前に、大げさな効果音とともに妹が運んできたものは。


「……おお、久しぶりの肉団子スープだな」


 肉団子スープとは、我が倉橋家オリジナルメニューである。肉団子を浮かべた具だくさんのコンソメスープみたいなもの、とでも言おうか。俺もオヤジも、このメニューが大好きだった。


「たくさん作ってあるから、おかわりも自由だよ。好きなだけ召し上がれー♪」


 どうやら晩御飯も、妹が作成したらしい。感嘆の声が無意識にあがる。


「おお、すげえ。なんだって、おまえ料理頑張ってるな」


「んふー、だって、二年後にはわたしが胃袋担当になるだろうし」


「……は?」


「お兄ちゃん、料理できないもんね」


「…………」


 二年後。おそらくは、こいつが卒業した後のこと。おそらくは、介護よりもずっとずっとすぐに来る未来予想図だ。


 去年の夏前だったか、こいつがきっぱりと言い切ったセリフを思い出す。



『だって、そうなったらわたしは兄貴と一緒の大学に行くんだから』


『……というよりだな。もし同じ大学に通うとしたら、俺と一緒に住む気なわけ?』


『当たり前でしょ。家賃は浮くし、ボディーガードにもなってくれるし』



 大学合格すると決まったわけじゃないのに、先走りも甚だしい……のだが。

 こいつはこいつなりに、いろいろ考えて動いている。それはわかる。


 そのことが、嬉しくない――――わけがない。


 だが。

 思わずにやけてしまった俺の向かい側で、おふくろが厳しい目を向けてきた。



『まあ確かに。女の一人暮らしは何かと物騒だしな。オヤジやおふくろは安心するかも』



 そんなことものたまった気もするが……同人誌みたいな展開は勘弁、と釘を刺してきたおふくろの心中たるやいかに。


 ――――わかってますよ、母上様。自分の息子を信用してください。


 言葉に出す代わりに、俺は流れを変えようと、肉団子スープを無造作にすすった。


 ―・―・―・―・―・―・―


 食事の後、俺が風呂に入ろうとすると、なぜか妹まで一緒についてきて、「お兄ちゃん、背中流してあげようか?」などととんでもない提案をしてきたので、浴室からたたき出した。


 甘えてんのかそうでないのかはわからないが、そんなにオヤジにたたられそうなことばかりして何が楽しいんだ、一周忌前日に。


 俺は迷惑七割それ以外三割の思考を巡らせていると、なぜか卒業式の時に聞いたオヤジの声がよみがえってくる。



『将吾。いつも見ているぞ』



 ――――まさかとは思うが、オヤジも実は俺に対して釘を刺していただけだったりしてな。


 真相など本人に訊かないとわかりそうもない、そんな仮定。徐々に風呂に沈みゆく俺の身体は、湯中ゆあたりしたように真っ赤になっていた。


 …………


 いや、マジで湯中りしかけたわ。


 ―・―・―・―・―・―・―


 ふらふらとおぼつかない足取りで、俺は自分の部屋へと戻った。もう漆黒の悪魔とバトルする気も失せている。

 ややほこりっぽいベッドにシーツをかけ、押し入れから出した布団を無造作にかぶせて横になると、そこで思考は停止した。


 ――――久しぶりだな、考えるのをやめるのは。


 俺はそう気づく。C県へ移り住み、慣れない仕事と生活に毎日追われながら、必死であれこれ考えてばかりだった。

 たまには、自分の家もいいもんだ。年末年始は無理だとしても、少し余裕ができたら、また帰って来よう。


 それに、たまにはヤツにも顔を見せないとな。


 乾いた笑いが思わず漏れてしまった直後、ドアを気持ち早めにノックする音が聞こえる。どうぞ、と声をあげる前に、遠慮などなくドアが開いた。


「お待たせしましたー、夜の妹デリバリーでーす」


「チェンジで」


「ざーんねんでしたー、妹はチェンジできませーん」


「オードリーヘップバーン連れてこい」


「ここはローマじゃなくて日本ですので、無理です」


 クソつまらないやり取りを直でするのも久しぶりだ。このあたりには成長の跡が全く感じられない。


 ――――ま、こいつから残念さをなくしたら、こいつじゃなくなるからな。致し方あるまい。


「……久しぶりに、一緒に寝ようと思って」


「いや、それは別にいいけど……なんでおまえ、スウェットじゃなくて、どっかの旅館からパクってきたような浴衣着てるんだ」


 妹と言えばスウェット、スウェットと言えば妹の我が家での正装。そう思っていたのだが、いつの間にかそのあたりだけ変わっていたのか。知らなかった。


「あー、この浴衣は、ディーちゃんの家で経営してる旅館で使わなくなったものをもらったんだよー」


「豆腐屋が本業なのに、旅館まで経営してるのか……」


 井桁の柄が前面にプリントされた浴衣。趣味はお世辞にもいいとは言えないが、瑠璃さんを遠回しにけなすつもりはないので、その感想は心の奥にしまっておこう。


「すっごい高級旅館なんだよー。でも着るのは初めてなんだけど。えへへ」


 今はあまり関連性のない説明をしながら、なぜか妹は俺のベッドにもぐりこもうとしてくる。


「……おい、何の真似だ」


「えっ? 一緒に寝るの、許可してくれたでしょ?」


「同じベッドで一緒に寝ることは許可した記憶がない」


「兄妹水入らずで野暮なこと言わないのー!」


 弱い兄は押し切られた。妹の絡みつく腕が柔らかくて、対処に困る。


「考えるのをやめたいのに、考えさせやがって……」


「ん? どうかした?」


「気にするなひとりごとだ。というかだな、おまえ、そんなにひっつくなよ」


「ベッド狭いもーん、仕方ないよね」


「いやいや、浴衣がはだけるぞ」


 左肘で押して妹を離そうとするも、ベッドの面積には限界がある。簡潔に言えば無理だった。


 ――――おまけに。


「……お兄ちゃんが、はだけさせても……いいよ?」


 俺の劣情と罪悪感がごちゃまぜになるような言葉を、恥ずかしそうに投げかけてくる小悪魔いもうとであった。さっきまで考えるのをやめていたおかげで、突然降り注いだ難題に対処しきれない。


 そうして、理性と本能が必死に脳内でせめぎあいをしているうちに。


「あっ……ふふっ、お兄ちゃんも、その気に、なったんだね……」


 妹がなぜか嬉しそうに、色っぽい声をあげてきた。わけがわからない。


「……はい?」


「お兄ちゃんの指が、わたしの脚に触れてるよ……?」


「…………はい?」


 脳みそが蕩けて耳から出そうになる妹の声であるが。それは見事な痴漢冤罪だ。


「俺の指は……ここにあるが」


 俺が、無罪イノセントとばかりに妹の目の前で両手を広げると、赤みのさしていた妹の顔が、平常時に戻るのが視認できた。


「……」

「……」


 一瞬の、沈黙。


「えっ、えっ……じゃ、じゃあ、わたしのふとももを伝うこの感触は……なに?」


 そして妹の顔がチアノーゼを起こしたかのように化学反応をする。見ていて面白いのだが――――ってちょっと待て。


「……そういえば、さっき、久しぶりに部屋に入ったときに、ゴキという黒い悪魔が……」


 俺は自分でそう言ってからハッとし、慌てて布団をどかした。すると、黒い昆虫らしき物体が目に留まるくらいのスピードで、音もたてずにベッドの外へと逃げだした。


「わっ!!!」


 押し入れに入っていた布団に紛れ込んでいたのだろうか。俺は一瞬おどろいたものの、すぐに枕を手に取り、ゴキブリの上にかぶせた。

 その後、思い切り枕を踏み潰すと、プチッ、という何とも非情な音がする。


「……あー、もうこの枕、捨てるしかねえわな……」


 そろーりと枕をどかして、悪魔の遺体を片付けた後に、先ほどまでハイテンションであった妹へと視線を向けると。


「……おい、すみれ?」


 小悪魔のほうは、気絶をしていた。

 しょせん小悪魔だけに、悪魔にはかなわなかったらしい。


 ひょっとすると、あの黒い悪魔は、調子に乗った妹を戒めようと、オヤジが仕向けた刺客だったのかもしれないな。


 …………


 オヤジはさしずめ、閻魔大王えんまだいおうか。


 ――――天国へ行けましたよね、父上様?


作者の目の黒いうちは、この兄妹に一線は越えさせませんよ?








たぶん。

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