一周忌 ~大人になったら~
あの後、マスターに平謝りしてから退店してきた。外はいつのまにか、夕焼けが自己主張している時間である。
「もうROOD行けねぇわ……」
バイトが終わった妹と一緒に歩きながら、やっちまった感を表現する俺。背景は多分黒ベタ塗りだ。
常識的に考えれば、トイレにゲロぶちまけるわ、店内で調子に乗って騒ぐわ、単なる迷惑な客と化していたわけで。社会人として猛省せねばなるまい。
「大丈夫だよー、マスターってなんだかんだ言って、結構優しいんだから」
「誰のせいだと思ってるんだ張本人! おまえは一番深く反省しろ!」
「反省してまーす」
「ぶん殴るぞ」
まったく懲りてないこいつに説教するのもばかばかしい。二酸化炭素を過剰生産しそうだ。
「いいじゃない、たまにお兄ちゃんが来てくれた時くらい、調子に乗っても」
「仕事はきちんとしろや!」
「うん、次からはそうする」
「当然だ。仕事をきちんとしない人間など、大人とは言えん」
俺のことも大人とは言えまい、なんてことは棚にあげとく。まだまだ兄弟そろって大人にはなり切れない。
「……でも、まだまだ時間はあるし、大丈夫だよ」
「何の時間だ?」
「わたしがお兄ちゃんを介護するようになるまで」
「本気だったのか……」
まだギリギリ十代だというのに、今から介護されることを考えてどうするんだろうか。
そうなるまでにあと数十年――――
――――死がふたりを分かつまで、か。
俺が死ぬとき、やっぱりそばにいるのはこいつなんだろうかと、改めて思ってしまう。
「……って、いやちょっと待て。俺が要介護になるならば、おまえだってそうなってる可能性はあるぞ」
なんとなく照れ臭い超未来予想図をかき消すように、俺はわざとそう発言してみた。
「んー、そだね。じゃあさ」
「……なんだ?」
「将来介護してくれるように、子どもを作っちゃえばいいんじゃない」
「ぶっはっ!!!」
照れは消えたが、生々しい妄想が代わりに現れた。
いやいや待て待て、俺とこいつで子どもを作るという話ではない、はずだ。早とちり良くない。
「ね? そうすれば、わたしたち二人が要介護状態でも、なんの憂いもなーし!」
早とちりじゃなかった。残念ながら。
「本気かよ……」
「冗談でこんなこと、言えませーん」
「俺はピンピンコロリで人生を終えるから、いいわ」
「えぇ……せっかくなら兄と妹、二人くらい子供ほしいのになー」
「……じゃあ、だれかイケメンで賢そうないい遺伝子を持つ男に、子作りお願いしてみろ」
俺は逃げた。当たり前だ。俺たちは、兄妹。実の兄妹。
けっしてそんなことが許される関係にはなれない。第一オヤジおふくろに顔向けできない。
自分で言うのもなんだが、俺は常識人のつもりだ。そのあたりにはこだわりたい。
「…………」
俺の至極まっとうなはずの意見を受けたせいか、妹は先ほどまでの明るさを消しさり、しばらく黙り込む。
生々しい意見はほんとダメだ。気まずくなる。なおかつそれをぶち壊す手法が見当たらない。
「ねえ、お兄ちゃん」
「……なんだ」
気まずいままの受け答えは、当然ながらぎこちなさマックスだ。というより妹の雰囲気が怖い。
「それで、お兄ちゃんは平気なの?」
「……何がだ」
「わたしが、他の男の人と、子ども作っちゃっても」
バカやろう、そんな質問するな。そんなことすら言えない俺は、どこまでも常識的で、弱気で。ただ、自分に確信が持てなくて。
「そりゃ、おまえが子どもほしいなら、仕方ないだろ……」
視線をそらし、俺は逃げた。
俺は、兄妹ずっと一緒にいられるだけでいいんだ。
それ以上求めていない。
求めちゃ――――いけない。
「こっち見て言ってよ、お兄ちゃん」
だが妹は、俺の逃げを許さないようだ。俺が視線をそらした先に回り込んで、強い意志を込めた瞳で俺を見つめてくる。
「……ねえ、本気なの? 本気でそう言ってるの?」
わからない。
なんでこいつはこんなにムキになっているのだろう。
なんでこいつは――――
「……ばっかやろ」
俺は、久しぶりに考えるのをやめて、わかることだけ吐き捨てる。半ばヤケクソだ。
「本気でこんなこと、言えっかよ」
こいつを縛り付ける、俺のエゴ以外の何物でもない感情。
だが。
それを確認した妹が、なぜか突然笑顔を咲かせた。そしてそのまま俺の左腕へと絡みついてくる。
「……ん。ならよし」
「……なにがいいんだ」
「わたしたちは、永遠に兄妹だ、ってこと」
くるっと顔の向きを反転してしまったため、こいつの表情はわからない。だからと言って確認する気もない。
「でもね」
「あん?」
「そこだけは、期待を裏切ってほしいかな、なーんて」
「どこが、『そこだけ』なんだ……」
空が夕焼けから暗闇に変わろうとしている。久しぶりにこいつの考えが読めない展開が、そのことに気づくのを遅らせていた。
「……ねえ、提案があるんだけど」
そうしてしばらく、日が落ち切るまで無言だったくせに、予期せぬタイミングで話しかけてくる妹を、ぶっきらぼうな返事でかわす俺。劣勢なのは明らかだが。
「言ってみろ。聞くだけは聞いてやる」
「うん。あのね、近い将来、ふたりともいい大人になったら、さ……」
妹は一番大事なところを濁してきた。俺に察しろということらしい。
少しだけ想像をして、さっきのパフェレベルの罪悪感と、それをさらに上回る平凡じゃない幸せが見えてきた。
「……そこは、期待を裏切らせてもらおうか」
「もー! どっちの意味なのよー!」
ご想像にお任せしますとばかりに、俺は妹に組まれているほうの手をポケットに突っ込み、そのまま黙って家まで歩いた。
期待を上回ることだって、ある意味裏切りに違いないからな、きっと。
――――時間はまだまだある、はずだ。
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なお、余談ではあるが。
帰宅して妹の部屋を確認したら、例の家族四人の写真を飾っている写真立てのガラスに、ひびが入っていたらしい。
――――わかってるよ、オヤジ。ああ、わかってますとも。




