一周忌 ~仕事しろ~
俺は口をすすいで、またみんなが集まる座席へと戻った。
妹は俺がぶちまけたものの後始末のため、男子トイレを掃除している。ある意味、俺の脇腹を肘打ちした罰だ。
「あー、すっきりした」
着席すると同時に無意識につぶやきが出る。あれほど重かった腹が嘘のように軽い。今ならもう一度パフェ……は勘弁だが、空くらいなら飛べそうな気もする。
「ふふ、お兄さん、スッキリした顔をしてますね」
「……そうですわね」
「ほんとだー」
「そりゃ、全部吐き出してきたからな」
意味ありげにそう言ってくる三羽ガラスを軽くいなしてから、俺はお冷を口に含んだ。
腹のもやもやも胸のもやもやも、すべて出しつくしたこのスッキリ感よ。
まあ、おそらくはもう二度と、あのバケモノは注文はしない。懲りた。
胃もたれが三日続くとか、生クリームが夢の中まで追いかけてきたとか、大げさではない表現だわ。
「じゃあ、キングドラゴンパフェ初の完食者として、将吾お兄さんの記念撮影をしたいんすけど、いいっすか?」
俺が落ち着いたことを確認してから、スマホ片手に忍び寄る雅弘君だが、その顔を見る限りでは、単なるさらし者にされる予想しかできない。
「……撮影してどうするんだ」
「そりゃもちろん、引き延ばして店内にドドーンと飾り」
「お断りする」
「そんな……まさかあのパフェを完食する強者が、ここに現れるとは思わなかったっすから、何かしらの形で残しておきたいんすけど」
「そんなことで有名人になりたくないわ」
俺は頑なに断りつづけるのだが、なんとか撮影しようと粘る雅弘君の後ろから、トイレ掃除を終えたらしい妹がひょっこり顔を出してきた。
「はいはーい! ひとりがイヤならみんなで記念撮影しよー!」
「おま、突然現れたな。掃除終わったのかよ?」
「うん、来た時よりもきれいに、完了しましたー!」
「そっか、お疲れさん。まあ、おまえが余計なことしなきゃ、トイレ掃除する必要もなかったんだがな」
「反省してまーす。えへへ」
「俺の目を見て言えこのヤロー」
俺の吐瀉物の後始末をさせられたというのに、なぜか妹は嬉しそうである。
「なんでおまえ、そんなにニコニコしてんだ? そんなに男子トイレ掃除したかったのか? やっぱ変た」
「ちがうよー! なんとなく、未来のことを想像しちゃったの!」
「……未来?」
「うん。お兄ちゃんの介護をするのって、こんな感じなのかなーって」
「……未来すぎやしませんかね……」
俺が要介護になるのは、いったい何十年先なのだろう。
いや、たとえそうなったとしても、こいつにシモの世話をされるのはイヤだ。想像しただけで衝動的に舌噛んで死にたくなる。
「大丈夫だよ、お兄ちゃんが寝たきりになっても、わたしはずっとそばにいるからね!」
「だからいろいろすっ飛ばして、いきなり介護の話をすんなよ!!!」
俺たち兄妹以外が、一斉にため息を吐く様子が見て取れる。
「大事な過程そっちのけで、なんで介護の話をしてんだろーね、この兄妹は」
「あ、あはは……らしいというかなんというか」
「すみれさんは、一生変わらなさそうですわね……」
美佳さんは呆れている。真希さんは引きつり笑いでごまかして、瑠璃さんはもはやあきらめているようだ。
いやだからね、俺は巻き込まれただけなんですけど。俺にまでそんな冷たい視線、注がなくてもいいじゃん。
「いいじゃないのー、死がふたりを分かつまで、わたしたちは一生兄妹なんだから」
相変わらず空気の読めない我が妹が、俺のほうを指さしてビシッとキメ台詞をのたまう様に、あきれて反論もできない。
傍らに並んで立っているもう一組の兄妹、雅弘君とあかつきちゃんは、何やら感動したように目をウルウルさせていた。この兄妹もちょっとズレている。
「すごい、一生の兄妹愛、です……」
「感動したっす! 参考にさせてもらうっす!」
温度差が激しいわ。どのあたりを参考にするつもりなのかは、あえて訊かないでおこう。
「というわけで、そのときまで残せるように、みんなで記念撮影しようよ!」
話をいろいろな方向へと飛び散らせた張本人が、そう提案してまとめようとしてきた。
なにが『というわけ』なのかはともかくとしても。
――――記念撮影、か。今しかない、この時を。
俺は異論はない。他のメンバーを伺うように見てみると。
「よくわからないけど……」
「わたしはいいですよ」
「何かの記念にはなるかもしれませんわね」
美佳さん真希さん瑠璃さんは、とりあえず乗ってきてくれた。
「じゃあ、撮るっすよ」
「えー、マーくんとあかつきちゃんも一緒に映ろうよー! マスター、撮影お願いしまーす!」
妹が、さりげなく雅弘君とあかつきちゃんも道連れに……じゃない、ふたりも喜んで混ざってきたわ。
先ほどからずっとにぎやかな雰囲気が続いているROOD店内。
店で一番偉いはずのマスターすらも撮影係という雑用で巻き込み、記念撮影をおっぱじめる迷惑集団の完成だ。
もらい事故に遭遇したマスターは、迷惑そうにしているかと思いきや、なぜか穏やかに微笑んでいた。穏やかすぎて、逆に不気味なくらいである。
「すいません、マスター。撮影お願いするっす」
雅弘君は、そう言ってマスターへと自分のスマホを預け、みんなの中に入ってきた。渡されたスマホを受け取ったマスターは、そのままこちらへとそれを向けてくる。
「はい、みんな笑って―」
カメラマンの指示をうけ、みんなぎこちない笑顔をうかべる――――のだが。
「……じゃあ、撮るよ? はい、フ××クユー!」
「えっ」
「へ?」
「は?」
「!?」
カシャッ。
笑顔と相反するマスターの冷たい言葉が撮影合図になってしまった。
――――おおう、やっぱマスター怒ってるわ。そりゃそうだよな、仕事中にこんなことやってては。
「……君たち、まじめに仕事、しなさい!」
怒ったマスターがスマホを投げ返し、焦って雅弘君が受け取る。横からスマホを覗くと、撮られた写真は、七人全員が間向けな顔で映っていた。
――――黒歴史に、また1ページ。




