一周忌 ~恐怖のパフェ~
洗顔できそうな大きさの器。
土台にはコーンフレークがぎっしり詰まっている。この量だけでも大人の胃袋がいっぱいになりそうだ。
その上には、勘弁してくれというくらい生クリームがデコレート、いや山積みされている。冬の富士山かこれは。
冷気らしきものを醸し出すバニラアイスクリームと一緒になって、どれがどれだか判別がつかない。
さらに、色のアクセントとしてチョコソースが波模様を描いている。そのまわりにはウエハースが六枚突き刺さり、バームクーヘンまでもがいくつも陣取ってる。バナナも飾りではない量。
こんなもの完食した日には、鼻からだけでなく目からも生クリームが出てきそうだ。
仕上げに、見た目だけでおなか一杯になりそうな色のカラースプレーがてんこ盛り。目に優しくない。以前どこかで見たバケツプリン以上の衝撃。
「お待たせしましたー! ROOD自慢の、特製キングドラゴンパフェでーす。お兄ちゃんの分だから、トクベツにシスコーンとわたしの愛情を増量しといたよ。さあ、召し上がれー♪」
「……余計な真似を……」
喜色満面な妹を、げんなりしたまま睨んだ。見ただけでおなか一杯になるこのラスボスモンスターに対抗する術など、新米社会人が身につけているわけもない。
三羽ガラスをはじめとして、まわりの視線を一身に受けてしまっては、チャレンジせざるを得ないことはわかってはいるが。
「…………」
あらためて食欲すら奪うような難攻不落な要塞を眺めつつ、どう攻略しようかと大口を開けた間抜け顔で思考すること三十秒余り。
「……あ、気づかなくてごめんね。はい、お兄ちゃん、あーん」
「むぐっ」
心の準備もできないうちに、妹がウエハースを一枚つまんで俺の口に突っ込んできた。
おまえはなんでこんな余計なことばっかりするんだ。バイトが終わったら説教せねばならん。
……おまけに、ウエハースあーんなどされてしまったおかげで、店内から何やら怨念のこもった視線が集まってきている気がする。
「じゃあ、頑張って食べてね。もし二十分以内に完食したら、もちのろんパフェ代タダだよー」
妹が提示してきた完食報酬のパフェ代は――六千円。
「無理に決まってんだろ。帰郷してきたばかりで罰ゲーム食らわせやがって」
もう恨み言を吐き捨てるくらいしか、抵抗する手段がなかった。
というよりも、六千円でこのパフェを頼む奴は、ネタ的なものとか以外に何か目的があるのか。
妹は『今日のノルマ』とのたまっていた。つまり、ノルマ的なものが課せられるくらいに注文する人間がいるというわけだろうし。
三羽ガラスは全員体験済みらしいが、まあそれは妹に騙されたのかもしくは泣きつかれて注文したのかのどちらかであろうから、まだ納得できるとしてもだ。
――――そんな疑問を抱くとすぐさま、雅弘君が横から解決のヒントを与えてくれた。
「あれ? 完食したらすみれ先輩のチューもつくんじゃなかったっすか?」
ご丁寧に、背景暗闇に横一線、閃光が走るようなセリフで。
ヒントを聞いた俺だけでなく、まわりにいた三羽ガラスも一瞬表情をこわばらせたが。
スパコーン!
「あいたっ」
「お兄ちゃん!」
後ろからあかつきちゃんが、目が隠れるほどの長い前髪を振り乱しながらスリッパで説明途中の雅弘君を叩いた。乾いた音が響き渡って、一瞬にして重くなった空気が少し和らぐ。
「まったく! すみれ先輩の許可も得ずに勝手にそんな噂を広めて、本当に完食する人が出たらどうするの!」
あかつきちゃんが本気で怒っている……ようにも感じる。
だいたい事情は呑み込めたような気もしないでもないが、一応確認だけはしておくか。
「……どういうこと?」
三羽ガラスに向かって、白々しく俺がそんな尋ね方をすると。
「ROODの新しい目玉メニューとしてこのパフェを提案したのが、すみれっちなんですよー。でも、だーれも注文する人がいなくて、どうしようかと悩んでた時に……」
「誰かが『キングドラゴンパフェを完食したら、メニュー考案者のすみれちゃんがキスをしてくれるらしい』という噂を広めたらしくて……」
「うちの高校から、男子生徒がチャレンジに殺到したと聞きましたわ。もれなく全員頓死なさったようですけど」
「……なるほど。納得した」
今の妹に関する一番の事情通であろう三人から得たのは、ほぼ予想通りの回答である。おそらくその噂を広めたのは……まあ、それはいったん置いといて。
「……おい、すみれ」
「?? なに、お兄ちゃん?」
「いままで、このパフェを完食した奴は、いるのか?」
「いないよ。皆無」
渦中の人間を問い詰めるも、一番重要な問いには即答された。さきほどのあかつきちゃんのセリフからして、おそらく完食した人間はまだ現れていないとは思ったが、本人の口から聞かなければ信用できないゆえに、念には念を入れておく。
「……そうか。なら……」
本人からはっきりそう聞いて、少し安心し――
――じゃねえ。なんで俺が安心しなきゃならないんだ。
ほっとした気持ちが顔に出ていたのか、三羽ガラスのにやけ顔がすぐに目についた。
バツが悪くなった俺は、とりあえずこの話を終了させようと試みる。
「……と、とにかく、完食報酬にチューとかやめろ」
「そんなことするわけないじゃん! だいいち、わたしは一言もそんな宣言してないし! みんな勝手に早とちりしただけだよー!」
妹のこの言葉に嘘はない――ようだ。
だが。
我が妹がまだ汚れてないという安堵とともに存在する、初めてのもやもや感。それが何とも言えず面白くなかった。
俺はつい、その不快感を言葉へと変換してしまう。
「それでも、その噂を否定もせずに、メニューの注文を取りまくってたんだよな?」
「そ、それは……このメニューの注文が入ると、わたしのバイト代が増えるから……」
兄のツッコミに対する妹の返答は要領を得ない。バイト代を稼ぎたいから、噂を放置していたということか。
これではまるで詐欺案件だ。さらに俺の面白くなさが右肩上がりである。
すると、俺が醸し出す語気のとがった様子にあわてたのか、この話題にいたった原因であろう雅弘君のフォローが飛んできた。
「そ、そうっすよ将吾さん。なんなら将吾さんが初めての完食者になって、すみれ先輩のチューもついでに……」
――――が、それはフォローにすらなっていない。残念ながら。
「そんなことのために、なんで俺が死ぬような思いをしなきゃならないんだ。お断りする」
「えっ」
俺が不機嫌そうに雅弘君の提案を一蹴すると、なぜか絶望にみちた妹がよどんだオーラを瞬時に辺りへとまき散らし始めやがった。はた迷惑なことこの上ない。
「そんなぁ……お兄ちゃんは、わたしとチューしたくないんだ……」
「そういうことを議論しているんじゃねえっつの! それに完食してもチューはつかないんだろうがよ!」
常識的な俺を倒錯した世界へと巻き込まないでほしい。
そのような強い思いから人目もはばからずに強く言い切った俺だったが、残念な妹には理解してもらえなかったようで。
「そっか……お兄ちゃんは、チューくらいじゃ満足できないよね。じゃあ、パフェ完食したらわたしと十八禁なアレやコレなら」
「まだ十七歳のくせに、十八禁を語るなド阿呆!!!」
会話を継続すると、なぜかわからないが『面白くない』だけじゃない、説明不能な感情がさらに湧き出してくる俺だった。
三羽ガラスを含めたまわりの視線が、猛烈に痛い。




