一周忌 ~後輩の兄妹~
声のしたほうを向いてみると。やや色の抜けた短めの髪をビシッとキメた今どきの高校生、みたいな垢ぬけた感じの男子が、目に優しくないROODのエプロンを身に着けて立っていた。
……誰だ?
「あ、俺はここでバイトさせてもらってる、小原雅弘っす。みんなからは『マー』って呼ばれてるっす」
と思ったら、むこうから自己紹介をしてきた。軽そうな口調ではあるけれど、ちゃんと礼儀はわきまえているらしい。
「お、おう。すみれの兄の将吾だ、よろしく」
少し気圧されながらも、いちおう妹の同僚みたいなので、挨拶がてらこちらも自己紹介をしておく。
小原君……でいいのかな。彼は、俺の挨拶を受け取った後に、なにやら値踏みするような視線を送り返してきた。正直、それはあまり気分のいいものではない。
「……なにか?」
不快感をあらわにしてそう尋ねると、ハッとした小原君が弁明を口にする。
「あ、すいませんジロジロと。すみれ先輩のお兄さんっていうからつい……」
なるほど。かたや残念な中身とはいえ美少女の類、こちらはさえないただの新米社会人だ。月とスッポン、とでも言いたかったのだろうと、俺は自虐的なセリフを伝える。
「似てないだろう?」
「そんなことないっす。似てるっすよ」
「……はあ?」
初対面の人間に、人生で初めて告げられた『似ている』という理解不能な言葉に、思わず疑問が俺の口から出てしまうのだが、小原君はそんなことを気にも留めずにまくしたててくるのであった。
「うまく言えないっすけど、なんていうか、自分に対しては無頓着なのに、自分の大事な人のことには必死になるような、そんなすみれ先輩と同じ雰囲気を感じるっす。さすがは兄妹っすね」
褒められているのかけなされているのかわからない小原君の理由説明に、「おぉー」とそろって声を上げる三羽ガラス。どこかに共感できる部分があったのだろうか。
自分に対しては無頓着――否定できねえ。すみれも確かにその傾向はある。だが、自分の大事な人のことには必死になるってのはどうなんだろうな。思い返してみようか。
…………………………
やめやめ。第一話の内容を思い出してすでにノーサイドだわ。俺が停学食らった理由がなんだったか、今思うと恥ずかしい。
それにしても、なんでそんなことまで一目見てわかるんだ。恐ろしいくらい人物鑑定眼がすぐれている。
「あれ、マーくん、そういえば今日はあかつきちゃんいないの?」
そんな俺の恐怖にも似た驚きをよそに、美佳さんが小原君に対してそんなことを訊いた。
「あー、あかつきのヤツは、今日は買い出しに行ってるっす」
あかつきって誰だ? などと俺が思ってると。
「あかつきさんは、マーさんの義理の妹さんですわ」
「兄妹で一緒に、週末だけここでバイトしてるんですよ。オーナーの甥っ子姪っ子らしいです」
瑠璃さんと真希さんが説明をしてくれた。
なるほど。オーナーの血縁者だから、バイトもできるわけだな。
確か前に聞いたところでは、妹がROODで働き始めてからやたらと男のバイト希望者が殺到してパニックになって、それ以来バイト募集は控えていたとのことだったが。
「そうなんだ。ところで、小原君は今いくつなんだい?」
「十八歳になったばっかりっす! あかつきは二つ下っす」
俺の質問に即答する小原君ではあったが、おい何かがおかしいぞ。十八歳と言ったら――――
「……今、高三? ならすみれより年上じゃないか、なぜ……」
「あ、それは、『バイトに関してはわたしが先輩だよね。わたしのことは先輩と呼びなさい!』って、すみれ先輩に言われたっす」
「……」
「実際にすみれ先輩にいろいろ仕事教わったっすから、いまだに先輩呼びしてるだけっすよ」
「……すまない。代わりに謝罪する」
最近目を離していたから仕方ないとはいえ、妹の不手際は兄の責任だ。深々と頭を下げる俺に対して、小原君は何も気にしていないかのように笑いかけてきた。
「お兄さん、頭下げることなんてないっす。職場では年齢関係ないっすよ。先輩は先輩っすから」
小原君にそう言われ、ふと思い出した。
確かに、俺がドラッグストアで働き始めた時も、長く勤めているバイトに対して敬語を使っていた気がする。
……ま、いっか。
久しぶりに、俺は考えるのをやめた。そしてその時。
「お兄ちゃーん! ごめん、砂糖が重いぃぃぃ! 手伝ってぇ!」
女の子の声が、ROODの裏口から飛んできた。
「あ、あかつきが帰ってきたみたいっすね。すいません、ちょっと失礼するっす」
俺たちに軽く一礼して、小原君は裏へと消えていった。そしてそれを見た三羽ガラスが。
「相変わらず、なのかな。マーくんとあかつきちゃんは」
「それはそうだよ。お互いがお互いの存在理由みたいなものだし」
「……ですわね。まったく、わたくしたちの周りには、なんでこう……」
一斉に俺のほうへとクロウ・アイを向け、ため息を漏らした。
最初何がなんだかわからなかったが、しばらくしてから仲睦まじくあれこれ物資を運び込む二人を見て、意味を理解できたような気がしないでもない。
あれが、妹のあかつきちゃんか。少し華奢で、守ってあげたくなるタイプだな。
――おっと、あかつきちゃんが倒れそうだ。……小原君、ナイスカバー。さすがは兄妹。
でも……あかつきちゃんの腰に回した小原君の腕が、なんとなくアレだ、アレ。もう何も隠すことなどないという、堂々とした恋人同士のような。
「……お兄ちゃん?」
ずっと小原君とあかつきちゃんを見ながらこっ恥ずかしい妄想をしていたから、すみれの気配を察知するのが遅れた。訝し気にそう言われ、慌てて取り繕う。
「……あ、ああ。オーダーか?」
「そうだよ。本日は、特製キングドラゴンパフェが、なんと三割引サービスデイですが、いかがでしょうか?」
「なんだそのいかにもな怪しいパフェは」
商魂たくましい妹がすすめてくるメニューの名前を聞いて浮かんだ疑問をそのまま口にすると、ラミネートされたメニュー写真が無言でテーブルに置かれ、思わず『うげっ』と反応してしまった。
なんだこのバケモノみたいなパフェは。――――いや、バケモノみたいなボリュームのパフェは。
「二十分で完食すると、なんと無料でーす! ぜひ、チャレンジしてみてください!」
「鼻から生クリーム出てくるわ! 俺がそんなに甘いもの食えるわけないだろ!」
「えぇ……でも、お兄ちゃんが注文してくれると、今日のノルマ達成できるんだよー。買い出し分も届いたし、是非、思い出に」
「ノルマって……」
最近はカフェにもノルマがあるんだな。世知辛すぎてお兄ちゃん涙が出てくらぁ。
だが、こういうのは俺よりも三羽ガラスに勧めるべきだろう。甘いものは別腹だという謎の生き物、女子に。
「美佳さん真希さん瑠璃さんは……」
俺はパフェの矛先を三人に向けようとしたが。
「「「…………」」」
三人から無言でプレッシャーを返された。全員リフレクを習得しているのか。
「……まさか……」
「あ、みかっぱちゃんもマキちゃんもディーちゃんも、もう経験済みだよー。未経験はお兄ちゃんだけ」
一瞬で空気がどよんとよどむ。どうやら三人にとっても思い出したくない過去の記憶なのだと、いやというほど理解した。
「あのときは胃もたれが三日続いたよぉ……」
「夢の中まで、生クリームが追いかけてきました……」
「思い出すと今でも吐き気がよみがえりますわ……」
三人の聞きたくもない回想を聞かされ、絶対に頼むものかという決意を俺が固めたにもかかわらず。
「はーい、特製キングドラゴンパフェ、一つお願いしまーす!」
瞬時に、店内から「おおーっ」と声が上がる。そして鳴り響くドラの音。ただのさらし者じゃねえか、これ。
「おいこらすみれ、やめろ! マジでやめろ!」
俺の意志など完全無視でオーダーを読み返す妹に、軽く殺意が――わかないけど、抵抗をしてみた。
「いいからいいから、一度試してよ」
「さっきのダダ辛パスタで胃がやられてるっちゅーに! そこに生クリームは拷問だぞおい!」
「大丈夫大丈夫、生クリームの代わりにコーンフレークを増量しておくから」
何が大丈夫かわからない理由説明とともに飛んできた妹のウインクをうけ、今度は軽く殺意が――わかないけど、ぶん殴りたくなった。
「俺はコーンフレークにはうるさいんだ! ケロッグじゃないと認めないぞ!」
「ざーんねん。シスコーンのコーンフレークでしたー。じゃ、しばらくお待ちくださーい」
「…………」
――――人間、あきらめが肝心な時もある。俺は財布の中身を確認しつつ、心の中でただ泣いた。
シスコーンのコーンフレーク、大好きです。
ブラコーンとか、ロリコーンじゃなくてよかった。




