一周忌 ~残念な家族~
「というわけで、お昼にしましょー!」
何がどう『というわけ』なのかが全く理解不能ではあるが、そんなことにいちいちツッコミを入れていたら妹との会話は高尾山登山並みに疲れることは明らかだ。ゆえに、さらりと水に流して俺は提案に同意をする。移動しかしてないけど、なぜか腹は減るわけで。
「今から茹でるからね、十分くらい待ってて」
寸胴鍋にたっぷりの水を汲み、IHにそれをかける妹。おそらくは時間から察するにパスタの予定であろう。
「……って、すみれが作るのか?」
「そだよ。最近料理もよくやるし、休みの日はわたしが作ることが多いかも」
「ふーん……」
思わず俺はチラリとおふくろのほうを見てしまう。目が合ってから、おふくろが説明を始めた。
「どうやら、アルバイトでも軽食の手伝いをしてるみたいでね」
「なるほど。それでパスタか」
ひとり納得して、鼻歌交じりで調理を始める妹のほうにまた視線を向ける。
「ふんふんふふーん♪」
何となく楽しそうな雰囲気の妹。そんなありふれた光景に思うところがあって、俺はのちほどROODへ顔を出す決断をした。こいつも日々、成長しているんだからな。兄として確認はせねばなるまい。そんな言い訳みたいな理由だ。
――――別に、俺がいないところでも、こいつが誰かに優しく微笑んでいるかもしれない、なんてことが不安なわけじゃ、ない。
「はい、おまたせー! 今日はペペロンチーノ風にしてみました」
茹で終わってからなにやらフライパンで細工していた妹が、本日のメニューを解説してきた。そして皿に盛られたパスタは三人分。……いや、俺はペペロンチーノ好きだし、特に気になるような仕事をこれからするわけではないのだが……
「おいすみれ、おまえこれからROODでバイトじゃないのか。いいのか接客業でニンニクとか」
俺も接客業であるからして、そのあたりは常に気を遣っていることだ。こいつも一応性別は女なわけで、そんなことを気にしないわけはないだろうとは思うが、果たしてどうなんだそのあたり。
――――との心配すら無意味であった。
「うん、だからペペロンチーノ風なんだー。ニンニク抜きだからニオイも安心」
「ペペロンチーノじゃねえぞそれ! 何で味付けしてるんだよ教えろ!!!」
「何言ってるの、ペペロンチーノって『唐辛子』って意味なんだから、唐辛子さえ入っていれば大丈夫だよ?」
「ふつうはアーリオ・オリオ・ペペロンチーノのことをさすんだろうが!」
疲れるのでツッコミはその程度に抑えておく。文句をいいつつ食したパスタは、ニンニクの代わりに唐辛子が増量されていて、ひたすら辛かった。そして圧倒的にうまみが足りない。以前にこいつが作った『讃岐うどんならぬ手抜きうどん』並みのガッカリ感を再度感じる羽目になるとは想定外過ぎて、思わず魂が抜けそうになる。
――――これが『我が家の絶望のパスタ』だな。
俺は一人でそう納得して、辛いの大好きな倉橋家女性陣がきれいにそれを平らげるまでを、ひたすら生暖かい目で眺めていた。
―・―・―・―・―・―・―
「ごちそうさまでしたー! さて、お昼も終わったし、わたしはバイトに行く準備するよ」
「……おう。後片付けくらいは、やっておく」
時計を見れば一時まであと三十分もない。妹は俺の気遣いに対し軽いウインクで感謝の意を示して、準備のため慌ただしく自分の部屋に戻っていった。
「……なんか、すみれのやつ、バイト増やしてるんだって?」
テーブルから動かないおふくろに、俺は先ほど聞いた件について尋ねてみる。
「みたいね。まあ目的は……まったく……」
おふくろはその理由をわかっているのかいないのか。やれやれ、といったおふくろの表情から察するに、何となくお見通しっぽいようだが、なぜはっきり言わないのだろう。よくわからない俺は、頭上に疑問符を浮かべるだけで精一杯だ。
「ところで、将吾。あなた、年末年始は帰ってこれそうなの?」
謎の一つも解けないうちに、おふくろに今度は俺のことで追及をされてしまう。だが。
「うーん、多分無理だと思う。今の勤務先は年中無休営業だし、社員は元日から出勤が強制だから」
ドラッグストア勤務、最大の難点。それは休日だ。なにせ、他人が休んでる時が稼ぎ時なのだから、まとまった休みは取れなくはないにしろ、社員は全員【仕事納め大晦日で仕事始めが元旦】という365日戦えますか的な状況に、否応なく置かれてしまう。
新入社員の分際で年末年始休みを申請したら、きっと休み明けには俺のタイムカードが亡くなっていることうけあいだろうから、おふくろにそう断るしかなかった。
「やっぱりそうなるのね。はあ、仕事だから仕方ないとはいえ、今年は家族のそろわない寂しい正月になりそうだわ」
「……ごめん」
「まあいいわ。お正月は、正夫さんと一緒に行きたかったところにでも旅行しようかしら」
――――ん? 俺だけ仕事で、母さんとすみれは旅行なの?
俺の口からそう言葉が出かかったとき、妹がけたたましく階段を下りてきた。
「じゃあ、わたしはバイトに行ってきまーす! お兄ちゃん、私が働いてる間に浮気しないでね」
「いつどこの誰と浮気するんだバカ野郎!」
「あはは、じゃあ、またあとでねー」
俺は自分で言っておきながら、しまった、と後悔。冷静に考えたら、浮気もくそもないじゃないか。
妹旋風が吹き荒れて、あっというまに過ぎ去っていった。が、あとに残された自宅内の空気は、なぜか結露寸前まで湿っている。おかしいな、乾燥してる季節のはずなのに。
「……将吾」
「……なんでしょうか。母上様」
おふくろに呼びかけられただけで、なぜか敬語になる俺。自分で自分がわからない。
「兄妹で同人誌みたいなことはしないでね」
「するかーーーーー!!!」
残念なことに輪をかけて、うちのおふくろさんは、同人誌という単語を知っていました。
どこで知ったのかは謎だが、発言の内容にも常識が見えない。いや、言ってることは至極常識的ではあるんだけど。
――――たぶん。




