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妹はご機嫌ななめ

 それは、五月だった。


「わたしは〜、太った〜♪」


 風呂から上がってくるなり、いきなり妹が歌い始めた。なんだなんだ。


「肉まんが脂肪になって〜、地面が割れるくらい〜♪ 作詞作曲、わたし!」


 妹よ、寒い。そんな残念な歌を創作したところで、印税生活はできないぞ。

 それにしても、そんな歌詞ということは、内容は現実か。


「なんだ、太ったのか、おまえ」

「ん。ここのところ肉まんとかアメリカンドッグとか肉まんとか食べ過ぎた。もう来週には衣替えなのに、どーしよ」


 こいつの大好物のひとつがジャンクフードだ。コンビニで今は年中買えるしな。

 だが、俺が見たところ、体重計の事情がまったく深刻に思えないスタイルなんだよな。相変わらず。


「どのあたりが太ったのか特定できない」

「おなかまわりがヤバい。つまむとわかる」

「どれ」

「つまんだら、舌噛むよ?」


 実地で確認しようとしたら、命まで賭けて拒否られた。


「……外から見ると全くわからないんだが」

「だからといって、乙女の柔肌を触らせろというのはねえ」


 そんなところだけこいつに一般常識があるとは思いもしなかった。中身が残念でも乙女は死ぬまで乙女なのか。うん、ならば乙女への標準的なフォローで済ませよう。気遣いできる俺、さすが兄。


「無理にやせなくたっていいと思うがな」

「わたしの性格的に、どこかで自制しないと絶対に際限なくなるから」

「ほっとくと肉まん三つも四つも食うもんな、おまえ」

「肉まんの魅力には抗えない。誘惑の肉まんは〜、勝てるものがいない〜♪」


 まだ続いてたのか、歌。いや、それ以前に痩せる気ないだろ。

 もうほっとこう、そんな脳細胞の判断に俺は従い、会話を続ける。


「好きにするがよい。太ろうがやせようが」

「ふーん。……兄貴は、どっちがお好み?」

「え」


 いきなり選択肢を振られ詰まったが、あらためて気づいた。俺は、そのあたりにあまりこだわりはない。


「――特にないな。どちらでも別に嫌いじゃない。極端に太ったりやせたりしてるのはちょっと遠慮したいが」

「そうなの?」

「うむ。だが、女子は少しくらいぽよぽよしていたほうが魅力的な気もする」

「……ふ、ふーん」

「やっぱさ、柔らかいじゃん、女子って。いろいろと」


 俺の何気ない一言に固まった。空気も、妹の顔も、


「……女子、いろいろ触ったことあるの?」

「いや、おま……」


 言いかけて途中で思い直した。ちょっと待て俺、『おまえのことを基準にして』なんて言ったらこいつに舌噛まれるかもしれん。変態兄貴にならないようごまかそう。


「いや、一般論としてだな」

「…………………………ふーん」


 ――その後、妹がグレました。


―・―・―・―・―・―・―


「こんな時期に妹の反抗期がくるとは……」


 昨日から妹の反抗期は継続している。朝、会話どころか、視線すら合わせてくれなかった。どこの選択肢を間違えて積木つみきが崩れたのだろうか。わからん。


 ――――まあ、年頃だからな。そういうこともたまにはあってもおかしくないのかもしれない。無理矢理そう結論づけて、俺は自分を慰めた。


「ひとりで登校するのも久しぶりだな……」


 この前、進路の話を両親としたあたりから、登校時、妹は言わなくても一緒についてきていた。それが、今日はいない。隣に。


 寂しいような複雑な感情がわき上がる。うまく表現できない。ボキャブラリー増やさないと。


「……俺が、妹離れできなかったりして」


 当たり前の日常にあいつがいない、それだけでこんな気分になるのか。今更だな。


 苦し紛れの笑みを浮かべつつのロンリー通学は、何となく道のりが長く感じられた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 妹の反抗期は帰宅しても絶賛継続中。晩飯のときも、視線すら合わせてもらえない。


「可愛い可愛い妹よ、お兄ちゃんに醤油取ってくれないか」


「つーん」

「……」

「つーん」


 おい、口で言うな。いやそれよりも無視すんな。泣くぞ。兄はガチで泣くぞ。


 オヤジとおふくろが『喧嘩でもしたの? 珍しい』と心配してきた。普段が普段だけに、そう思って当然といえば当然だが。


「ははは……まあそんなとこ」

「……つーん」


 俺のごまかしにも妹は無反応であった。

 だめだこりゃ。醤油は使わず、素材の風味を大事にしよう。……味がない。


―・―・―・―・―・―・―


 何を食べたかすら記憶に残っていないが、晩飯タイムも終了。

 あとは風呂に入って寝るくらいしかする事がない夜中。俺はテレビを見ながら、風呂順待ちをしていた。


 だが――妹が、いつまでたっても風呂から出てこない。

 最初はダイエットのために長風呂してるのかとも思ったが、さすがに一時間は長すぎだろう。


「おふくろ。妹が風呂から出てこないんだけど。のぼせてるかもしれないから、見に行った方がいいかも」



 俺にそう言われて風呂場を見に行ったおふくろは、倒れてる妹を発見、無事保護した。


―・―・―・―・―・―・―


「……ん?」

「ようやく気づいたか。まったく、のぼせるまで風呂に入ってるなよ」

「……ああ、わたし、風呂からあがろうとして、立ったらクラッときて……」

「倒れ方が悪かったら命に関わるんだからな。気をつけろ」

「……ごめんなさい」


 あれから俺は、意識のない妹を抱きかかえてこいつの部屋まで連れてきた。一応気づくまで様子をうかがっていたが、一安心。


「ダイエットなんて必要ないんだから、無理なことはするな」

「うん……」


 素直なのはこいつのいいところだ。繰り返さないよう念を押す。


「ところで、兄貴が助けてくれたの? 見た? 全部」

「いや、おふくろが発見した。俺はおまえをここまで運んできただけ」


 舌を噛まれないように、事実を伝える。


「そう……別に兄貴なら、見られても平気だけどね。運んでくれてありがと」


 腹をつまむのはNGで、全裸見られるのはOKとは、妹心は複雑すぎてわかんねぇ。おかしいな、俺って妹心のスペシャリストなはずなんだが。


「…………」

「…………」


 お互いに沈黙の時が続く。

 また『つーん』とかされるとややこしくなりそうだから、そろそろ退散しようかと思って、座っていたベッドから立ち上がろうとすると。


「…………重かったでしょ」


 妹が小声でそう言ってきた。気にしてるのか、阿呆。


「いや、全然」

「嘘だ」


 俺は素直に答えるのだが、妹には信用してもらえない。


「ほんとだっての。柔らかかっただけ」

「………………」


 大事なことなのでもう一度素直になると、なぜか妹の顔の赤みが増した気がする。


 まだのぼせが引かないのかね。氷水でも持ってくるか。

 そう思い、再度ベッドから立ち上がろうとすると、今度は妹に抱きつかれて押し倒された。


 妹相手じゃなきゃ事案だわこれ。


「……誰と比べて?」

「はい?」

「だから、誰と比べて柔らかかったの? って聞いてるの」


 何やらムキになっているような妹である。やはりのぼせててちょっと変なのかもしれないな、こいつは。


「他とは比べようがないな。俺はおまえの柔らかさしか知らないから」

「………………」


 少しの沈黙のあと、なぜか妹の抱きつく力が強くなる。そこには先ほどのような俺に対する反抗的な態度は見られなかった。


「……あはははは。あー、バカみたい、わたし」

「???」


 なんだろう、わけがわからない。でも妹が満面の笑みを浮かべた。


「そうだよね、冷静に考えたら、兄貴がそんなにモテるわけないし」

「おい言い方」


 事実は時に人を傷つけるのだ。言い切るなこのやろう。少し傷ついたが――――ま、こいつの機嫌がよくなったならいっか。

 そう割り切った後、俺は考えるのをやめた。


「このまま一緒に寝ちゃう?」

「暑苦しいので勘弁してくれ」

「ムードないー。ま、仕方ないよね」


 こいつが笑顔になるように考えるのが俺の役目だ。笑顔のときは何も考えず、一緒に笑えばいいだけだもんな。


 ムードなんかいらない。俺たち兄妹間に必要なのは――――楽しい時間と、こいつの笑顔。



「……わたしの柔らかさ、ずっとおぼえていてね。お兄ちゃん……」

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