一周忌 〜半年ぶりの帰省〜
久しぶりの、我が家。
いや、まだ我が家までは帰っていないけど、新幹線の車窓から『酒は大奥』という看板を見ると、ああ、帰ってきたんだなあ、そうしみじみと感じられる。
ピン、ポロリピン、ポロリ、ピロリロリロリロリロリン、ピロロロロロロロロロロロン♪
『ご乗車、お疲れ様でした。次は、節熊、一本松線は、お乗り換えです』
半年前にも聴いた、懐かしの音楽とアナウンス。荷物を下ろし、いつでも立ち上がれるように準備をすると、景色の移り変わりが次第にゆっくりになってきた。
やがて、新幹線のガラス越しに見える風景が完全に固定され、音とともにドアが開く。俺以外に降り立つ人もたくさんいた。
――――はずだが。
俺が新幹線のホームに降り立った直後に、声が聞こえた。昔から飽きるほど聞いてきた声だ。
「お兄ちゃーーーん!」
俺も含む、降り立った乗客ほぼ全員が、思わず声のするほうを振り向く。予想通り、駆け寄ってくる美少女。
……ちょっとキモいか。
駆け寄ってくる妹。俺は人の流れの中から抜け出し、ホームの真ん中に足を進めた。
「――――おかえりっ!」
ドスン。
「ぐえっ」
妹は喜びのあまり、飛びついてきて俺にフライングボディアタックをしてきて、倒れそうになった。荷物をその場で手放しなんとかこらえたはいいが、まわりの視線が痛い。
「えへへぇ……生お兄ちゃんだぁ……」
抱きつかれたまま妹に全身をすりすりされてるせいで、まわりの視線がさらに痛さを増す。公然わいせつ行為を見るような目はやめてくださいみなさん、頼みます。
「ほら、いいかげん離れろ。動けない」
「やだ」
「歩けないわバカモノ!」
妹は首に回した手を未だ離さない。俺は荷物を拾い上げ、妹ごと引きずって歩く。
「重い」
「失礼だねお兄ちゃん! 重くなったのはおっぱいくらいだよ!」
「ぶっ!」
「ついにカップがDを突破しましたー。嬉しい?」
「……なぜ嬉しく思わなきゃならない?」
「えー、だって、自由にできるのはお兄ちゃんだけだよ?」
「…………」
ああ、公然わいせつ行為と思われても仕方ないやつだ、これ。捕まりたくないなら早くこの場から去らねば。
俺はそう思い、無防備になっている妹の腋の下を、人差し指でつついた。
ぷにっ。
「ふにゃっ!?」
反射的に妹が巻き付けていた腕を放したので、俺はここぞとばかりに早足で距離をとる。
…………距離をとったはいいとして。
なんか、腋の下をつついたつもりなのに……柔らかかったような気が……ま、いっか。妹から解放されたわけだし。
腕で胸をおさえているポーズを取ったまま赤面している妹をほっといて、俺は階段を下りて改札口へと向かった。
―・―・―・―・―・―・―
「おまえ、今日はバイトは?」
改札を出て家まで向かう途中、歩きながら俺はそう尋ねた。
「今日は午後一時から五時までだよ。最近、土日はきっちり入ってるんだ」
妹は俺の荷物をひとつ持ってくれている。まあ、その荷物には礼服しか入ってないから重くはないはずだ。
俺に抱きついてこないように、という意味合いもあり、わざとそれだけ持たせている。
「勉強はおろそかにしないようにな」
「もちのろんだよ。でもね、ちょっとお金がほしくてね」
「……そうか。まあ、がんばれ」
「うん!」
なんのためにお金が欲しいかは訊かないでおく。が、とりあえず家に帰ってから少し雑用はあるにせよ、明日までは俺もほぼフリーである。久しぶりに、カフェROODにでも行ってみようか。
別にこいつの働く姿を見に行くわけじゃなくて、単にうまいコーヒーを飲みたいだけだ。
「……はは、ばっかみてえ」
「? なにが?」
「や、ひとりごとだ、気にするな」
――――妹の働く姿を久しぶりに見たい、そう素直に思えたらいいのにな。誰に漏らすわけでもないのに。兄ってやつは、素直じゃないひねくれものなのだろうか。それとも俺だけなのか。
それでも、見慣れたはずの、何度も歩いたはずの、駅から家までの道のりをこんな気持ちでまた歩くことになるとは、高校時代の俺は思いもしなかったはずだ。
とどのつまり、なんだかんだ言ったところで、久しぶりに直接会って昂っているのはこいつだけじゃない、ということなのだろう。
ふと、並んでいるこいつの横顔に目を向ける。
――――少し、大人っぽくなった、かもしれない。半年前と比べて。
果たしてそれは、人生の目標ができたからなのか、それともほかに理由があるのか。
まだまだ中身を知れば残念美少女なのだろうが、半年という時間が、とても意味のある時間だったのかもしれない。こいつにとっては。
「……えへっ、なーに? じっと見て」
「……ああ、いや……」
俺の視線を感じたのか、妹が不意に目を合わせてきて、少しドキッとしてしまった俺は取り繕いながら慌てて目をそらす。
こいつは、こうやって俺の知らないうちに、大人になっていくのだろうか。
その過程をそばで見れないことに、少しの無念を抱きつつも。
「……ね、もっと見て。今のわたしを」
こいつがこうやって優しく微笑むのは、きっと俺に対してだけなのだと、知っているから。
――――だから。不安は、ない。
「……半年分、たくさんわたしを見ないと、許さないからね? お兄ちゃん」
最後にフラグが……




