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残念美少女と呼ばれる妹 〜ほんわか兄妹〜  作者: RF
永遠を超えた永遠
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並んで歩けるように

 妹が、無事退院した。


 しばらく自宅で添え木のお世話になりつつも、すぐに日常生活には支障もなくなり、三月からはまたバイトを再開できるようである。


 そんなこんなで、明日は三月一日、という二月最後の日の夜。自分の部屋のベッドに横たわりながら、改めてここ最近の回想をする。


 俺はいろいろ駆け回っていた。『登録販売者の資格を取りたい』という強い希望だけで受けたドラッグストアの面接は無事採用。あとはトントン拍子に話は進み、四月になるよりも早く勤務してくれないか、とまで言われた。俺も薬の世界に足を早く踏み入れたい思惑があり、申し出を了承した。


 だが妹は、俺が就職してこの家を出ると聞いて、かなりショックだったようだ。退院するまで告げなかった俺が悪いのだが。


 明日の卒業式が済んだら、本社のあるC県に引っ越す準備をしなければならない。幸い、会社には寮があり、アパート探しなど面倒くさい作業は省略できた。

 もらえる給料などは残業などでも変動しそうだが、稼いだ金が少しでも家族の足しになり、かつ貯金などもできるならば不満もない。問題は……ひとつ。いや、ひとり。


「…………卒業、か」


 特に思い入れの強い高校生活ではなかったが、しみじみとひとりごとを言ってみると、なぜか感慨深く感じられるのが不思議だ。


 この三年を振り返ると……なんだろう、やたらと印象深い出来事が高校三年生の時しかないような錯覚に陥る。


 ――――うん、錯覚ではないな。強く思い出される出来事は、常に妹が傍らにいるわ。まったく。


「……はは。俺が寂しくなる、か……」


 そんなことを考えると乾いた笑いしか出ない俺が、あと少ししてひとり暮らしをし始めたら、いったいどうなるのだろうか。そんな不安も確かにある。


 ――――家族って――――偉大だな。


 そんな感傷に浸ってると、不意に部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「……お兄ちゃん、いい?」


 ちょっと遠慮がちな声。俺がOKの返事をすると、妹はおそるおそるドアを開けてきた。

 俺が部屋の明かりをつけると、ちょっとはにかむように笑い、そのまま無言でベッド脇に地座りする妹。ベッドから半身を起こした俺を上目遣いで見つめてくる。


「……明日、だね」


「ああ。明日、だな」


 主語が抜けているが、あえて言うまでもない。ちょっとだけ沈黙する間に、何を言われるのか予想はしておく。


「寂しく、なるなあ」


「……俺がか? おまえがか?」


「お兄ちゃんも、寂しいと思ってくれるの……?」


 予想は大きく外れなかったが、こいつの言葉に覇気がない。俺の回答を待ちながら、俺の椅子に置いてあったクッションを両腕でギュッと抱きしめている。


「……そりゃ、ひとり暮らしなんてはじめてだからな。そうなれば……」


「それだけ、じゃなくて」


「…………」


「お兄ちゃんの後ろを、ついていけなくなっちゃうのが」


 俺が行く道。たぶん今までみたいに漠然と決まっていた道ではなく、自分で選んで進む道。きっと、俺だけの道。


「おまえは……理系希望したんだろ? ひょっとして……」


「!」


「薬学部進学を、目指すつもりだったか?」


 初めて、こいつが行くはずの道を確認してみる。本来ならば、俺が行くはずだった道だ。

 案の定、負い目があるからか、妹の表情が曇る。


「……うん。だけど、変えようかなって」


「……なぜだ?」


「だって、お兄ちゃんの行くはずだった道だし、わたしは単にあとをついて行きたかっただけで」


「…………」


「お兄ちゃんがその道に行けなくなった原因を作ったわたしが、そんな選択できるわけないし」


「…………」


 俺が薬学部に行くことがなくなったからその気がなくなったのか、それとも負い目があるからか。たぶん両方だとは思うが、妹の意思は言葉にすると余りに曖昧だ。


「お兄ちゃん、言ったよね。『わたしがついてこれない道を行く』って」


「ああ」


「あれは……遠回しに、『後ろからついてくるな』って……『もう俺の足を引っ張るな』って言いたかったのかな、とか考えちゃって」


 泣きそうになる妹を確認し、俺はネタばらしするかしないか悩んだ。


 どうせなら、成せる確信をもってから、はっきりと伝えたかったが、こいつに涙を流させるのは不本意だ。


 ────仕方ない、軽く示唆しとくか。こいつが、自分の負い目を重荷として抱えない程度に。


「アホウ。曲解するな」


「……えっ?」


「俺はこうも言ったぞ。『道はまたすぐ交わる』と。『一緒に生きるために』と」


「…………」


「二年だけだ」


「なにが?」


「おまえが、俺の後ろをついてこれないのは」


「…………どゆこと?」


 泣きそうな顔が、豆鉄砲顔に変わって一安心。さらに俺は続ける。


「今はまだ可能かどうかわからないからなんとも言えない。だが、二年たてば……おまえが後ろをついてくるんじゃなくて」


「…………」


「兄妹並んで、歩けるようになるかもしれない。いつかのコンビニ買い出しのときのように」


「……それって……」


 さすがに妹も察した、かもしれない。俺が何をしようとしているのかを。複雑な心境だけど、喜びがたぶん一番強いであろう、そんな目をしているから。


「そうだ。俺はなにひとつあきらめてもいない。おまえが気に病むことは全くないんだ」


「…………」


「だから、おまえは俺に追いつけるように……俺が行くはずだった道を、必死で進んでこい」


「……いいの? 本当にいいの? また足を引っ張ったらとか考えちゃうと、わたし……」


「今まで何を聞いてやがった。そうしてくれなきゃ、俺が……」


 俺は、妹の右手を引っ張り、引き寄せた。


「……寂しくなるだろ」


 その言葉を確認した妹は、俺に抱きついて、しばらく泣いた。


 まったく、変なこと言わせんな恥ずかしい。


「……ほんとは、お兄ちゃんの人生変えちゃったお詫びに、わたしを好きにしてー、とかやらないとだめかな、とか思ったんだけど」


「おまえは、さっきまで泣いてたと思ったのに、物騒なこと言うな。俺はそんなに鬼畜じゃねえぞ」


 泣き止んだとたんに、さっそく残念さが顔を出す妹。ま、それくらい心の余裕が出てきたのだと思いたい。


 ――――のだが。


「……ね、いまのわたし、すごくお兄ちゃんとひとつになりたがってる」


 次に出てきたのは、思わず心臓が跳ね上がる言葉。


 俺は妹の背に手を伸ばし――――かけたところで、オヤジからプレゼントされた棚の上のミニ四駆がはっきりと視界に入ってきて、慌てて引っ込めた。


「…………うん、オヤジが見ているな」


「えっっっ!?」


 妹が飛び退いて後ろを振り向いた。その時の振動のせいか、棚からミニ四駆がポトリと落ちた。思わず、二人で笑いあう。


 ――――わかってるよ、オヤジ。俺は、一生こいつの兄だから。




「お父さんたら……もうイチゴ大福、供えてあげないよー?」

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