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妹と触れ合える幸せ

 日曜日に雨が降ると、なんとなく損した気分になる人もいるかもしれない。


 だが、今の俺には関係ない。外出する気がないからだ。かといって勉強するわけではないことだけは、はじめに言っておく。


 ……とはいっても。さすがに二時間マンガを読んでたら、少し飽きてきた。コーヒーでも飲もうと思い、俺は自分の部屋を出てリビングに降りた。


 そしてリビングを見てみると。

 スウェット姿のわが妹が、なぜかソファーの上に正座しながら、テーブルの上に置いてある青色の液体が入ったペットボトルらしきものを、じーっと穴があくくらい見ていた。


 ちなみにスウェット姿は妹の正装である。主に我が家で。


「……なにやってるんだ、お前は」

「わぁびっくりした。いやね、そこの棚の奥にこれが置いてあって。なんかきれいな色だなー、って思って引っ張り出して見てた」


 テーブルの上に改めて視線を移すと、確かに『これぞ青!』という色をした液体が、ペットボトルになみなみと詰まっていた。


「ああ、ウォッシャー液だな、これ。オヤジの冬場用の残りか」

「なにそれ?」

「水が凍る冬場に、車のウィンドウを洗うための液体だ。凍らないようになってる」

「あの、ぴゅー、って出てくる?」

「まあそうだ。確かにきれいな青だな」

「うん。飲んだら美味しそう」

「やめろバカ。猛毒だぞ」


 本当に飲みそうだから釘をさす。こいつ、怪しいジュースとか大好物だからな。


「そうなの?」

「おまえにいいことを教えよう。青色ってのは、食欲を減退させる色だそうだ。だから、飲んだら危険な液体は、だいたい人工的に青色をつけてあるんだぞ」

「え、じゃあブルーハワイや、ペプ〇ブルーなんかはどうなの?」

「おまえが〇プシブルーの存在を知っていることに驚きを隠せない」


 ちなみにペ〇シブルーってのは、十何年も前に売っていた、青色のコーラだ。味がコーラで色が青。気持ち悪かった記憶しかない。……俺が五歳くらいのときだったはずなんだが。


「怪しいジュースならいくらでも覚えてるよ、キュウリ味のコーラとか、アズキ味のコーラとか、シソ味のコーラとか」

「全部コーラじゃねえか。おまえがペ〇シ愛好家だということはよくわかった」


 こいつの怪しいジュース好きは筋金入りだったわけだ。まあ、小さい子とか、毒々しい色のジュース好きそうだもんな。


「……で、なんで正座しながら見てるんだ。しかもソファーの上で」

「いや、きれいなものを見るときって、なんか『ビッ!』としないとならないかな、とか思ったから」


 そういやこいつ、中学生時代の理科の実験で、硫酸銅水溶液の色を見て大はしゃぎだったっけな。興奮して『キレイ、キレイ!』連発してたっけ。


 正座の理由はいまいちピンとこないがな。


「やっぱり飲みたくなるね、これ。そのくらい綺麗な青色」

「だからやめろマジで。飲んだらその綺麗な青色が見れなくなるんだから」

「……どゆこと?」

「ウォッシャー液って主成分がメタノール、メチルアルコールなんだよな。これを飲むと、目の網膜がやられて失明する。目が散る、だからメチルアルコールってな」

「……………………こわ」


 妹がウォッシャー液に伸ばした手を引っ込めた。


「綺麗な猛毒を飲んで、綺麗なものを見れなくなったら本末転倒だろ」

「……ん。まだ見ていたいものがあるから、飲むの我慢するよ」

「そだな。五感の中では、人間は一番視覚に頼ってるしな」


 そう言いつつ俺は考える。

 目が見えなくなったら、人生ってどのくらい楽しみが減るんだろう。妹の笑顔も見れないのか。


 ……………………


 ちょっと薄ら寒くなったのは内緒。


「……」

「ん? どうした?」

「……ね。兄貴は、五感のうちひとつだけ残すとしたら、何を残す?」

「ひとつだけ?」

「そう。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。このうちひとつだけ残って、残りは全部なくなっちゃうとしたら」


 突然、妹がマジ顔で聞いてきた。


 うーん、マジ顔で尋ねられたら真面目に答えなければならないか。

 立ったまま悩むのもアレなんで、ソファーに腰を下ろして、本気で考えてみる。そして導き出した結論は。


「……俺は、やっぱり視覚かな」

「やっぱり?」

「ああ。さっきも言ったけど、人間って視覚に頼ってることが多いと思うしな」


 それに笑顔が……いや、言わないでおくか。


「………………」


 妹はどうやら俺の回答がお気に召さなかったようである。そのまま黙り込んでしまった。


「おい、どうした?」

「…………わたしはね」


 何が不満なのかわからないままにしばらく黙っていた妹が、静かに俺の隣に移動してくる。


「この前ステキな話を聞いたんだ。五感がひとつしか残らなくなる人のお話」

「……ああ?」

「その人はね……」


 妹は目を閉じて、俺の肩におでこを乗せながら、手をギュッと握ってきた。


「触覚を残して、幸せに暮らしたんだよ。触れあうことができるから、体温を感じられるから、孤独を感じないって……」

「…………」

「……ん。わたしも、それがいいかな。見えなくても幸せになれそう」


 そうつぶやいたまま動かない妹を真似て、俺も目を閉じてみる。


 こいつの体温、かかる息。触れた手と手。目を閉じていても、こいつは幸せな笑顔になっているとわかる。

 そうか。視覚がなくても、こいつが笑ってる確信が持てれば、俺は安心できるんだな。


 やっぱり、こいつにはかなわない。




「あったかいね……お兄ちゃん」

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